第127話 苦労人
きょ、今日はかなり疲れる一日だなぁ……。
荒くなった息を整えながら、心ここにあらずと言った感じで扉の前で固まっている鈴ちゃんを見て私は心の中でふぅと大きく息を吐く。鈴ちゃんとの文化祭、一緒に仕事をして一緒に出し物を見に行って……最高に楽しくて幸せな一日になる、そう思っていたのだが────。
先輩のせいですよ!!先輩が変なことするから私と鈴ちゃんの楽しい時間が台無しになっちゃうじゃないですか!!
そう、楽しい時間はある一人の男のせいで突如として終わりを告げたのだ。その男は何を隠そう鈴ちゃんのお兄さんである先輩、先輩のせいで鈴ちゃんと過ごしていた楽しくてほんわかとした時間が一変し、常に気を張らないとスヤァしてしまう極寒の雪山状態になったのだ。
隣からひしひし感じる圧、笑っているはずなのにその笑顔を見るだけで込み上げてくる恐怖、私は鈴ちゃんのことを可愛いと思っているし、彼女のことが好きだし、私の推しではあるのだがそれでも恐怖を感じてしまうくらい鈴ちゃんの圧は凄まじいものだった。……でもあの瞳で「他の人と仲良くしないで」って詰められるなら割といいかも……えへへ。
って違う違う!今はその話じゃなくて先輩のこと!!まったく鈴ちゃんとの楽しい時間を邪魔して……良いから早く鈴ちゃんの機嫌を直せって話ですよ!!
な、直っちゃった……。
今までの不機嫌さはどこへやら執事姿の先輩を見た途端鈴ちゃんの表情が晴れやかになる。まるで好きなアイドルを目の前にしているファンみたいだ。これには流石の私も困惑、少しの間鈴ちゃんを凝視してしまったのはここだけの話。
執事喫茶、というのは名ばかりではなく接客時にはしっかりと客のことを主人として扱ってくれている。席に案内された時も椅子を引いて座るのを手伝ってくれるらしい。
私は鈴ちゃんのことを思って……というより鈴ちゃんの機嫌を損ねたくなかったので自分で座ったが、流石に椿お嬢様と言われたときは体がびくりと跳ねた。気持ち悪さとかは微塵もないけれどぞわぞわとした何かが身体を走るからやめて欲しい。
でもまぁ鈴ちゃんの機嫌が直ったみたいで良かった。二人の距離感がおかしいのは今に始まったことじゃないし……まぁ置いてけぼりにされているのは解せないけれどこれでいつもの鈴ちゃんに戻るなら大人しく見守っていよう。
……前言撤回、今すぐこの場所から出て行くことは可能でしょうか?あ、無理ですかそうですか。ちなみに口の中が甘すぎて死にそうなんですけどどうしたらいいですかね……。
注文したクッキーと紅茶を持ってきた先輩、ようやく紅茶を飲みながら鈴ちゃんと二人で会話が出来ると思っていた所で急に先輩が周囲をきょろきょろと確認し始める。そしてこちらのことを誰も見ていないという確証を得たのか先輩はおもむろにクッキーを手に取った。
「お嬢様、あーん」
なんと目の前でいちゃつき始めたのです。私の紅茶には砂糖もミルクも入っていないはずなのに、致死量の砂糖が入っているのではないかと錯覚するほど口内が甘さで満ちていく。あ、あっま……。
「え、あ、お兄ちゃん!?そ、そんないきなりなんて……」
「しーっ、これやったら美緒に怒られるから。ばれない様に、な?」
「っ!!??」
……私は一体何を見せられているのだろう。これで付き合ってないってまじですか?やり取りが兄妹じゃなくてバカップル……それも超が付くほどのバカップルのそれなんですけど。
ウインクをしながら口に人差し指を当てる先輩を見て鈴ちゃんは頬を赤らめ、そして感極まった表情でクッキーを口にすると、この世で一番美味しいものを食べたと言わんばかりに頬を緩める。
はい可愛い!もうこの鈴ちゃんが見られるなら何でもいいや!先輩、どんどん鈴ちゃんを甘やかしてください。後ついでに鈴ちゃんを私にください。
「美味しいですか?」
「うん……すっごく美味しいよ」
「お嬢様のその言葉が聞けて何よりです」
可愛い鈴ちゃんが見れるのは嬉しいし、先輩には鈴ちゃんの機嫌を直して欲しいとは思ってたけど……やっぱりなしで、流石にこれは居た堪れない。もう居心地が悪すぎてやばい、口はもにょもにょするし足はソワソワするしで……何ですかこの新たな拷問は。
「そのお兄ちゃん……ちょっと乱暴な執事みたいな感じであーんしてみて欲しい……な?」
まさかのリクエスト。鈴ちゃん、ここそういうお店じゃないよ?
「乱暴な執事……んんっ!ほら、さっさと食べろよ」
「……好き」
……私は一体何を見せられているのだろう(2回目)。
鈴ちゃんの機嫌取りを終えた先輩が仕事に戻った後は、鈴ちゃんが「この店の商品を頼み続ければずっとお兄ちゃんに接客してもらえるのかな……」という狂気じみた発言をしたこと以外はとても楽しい時間を過ごすことが出来ました。
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