第104話 に、にこっ……
「晴翔君もっと自然に笑って?はい、ニコッ」
「に……にこっ……」
「んー……もうちょっと自然に笑えたらいいかな?」
「は、はは……」
放課後になり接客練習が始まった。バイトで接客をしたことのある人や、コミュ力高めの人達に接客はこういう風にやろうという実技演習を受けているのだが、どうにも上手く行かない。
接客するときは笑顔が大事なのは頭で分かっていても、いざやってみると自然に笑うことが出来ず非常にぎこちない笑顔になってしまう。今からでも遅くない、頼むから俺を裏方に回してくれないか?
「晴翔~ちゃんとやってる~?」
「美緒、室長に裏方回っていいか聞いてきてもらっても良い?」
「だーめ、ちゃんと接客しないと。それに練習初日だから出来なくてもしょうがないって」
誰のせいで接客することになったと思ってるんだ……。美緒が変なこと言わなければ俺はひっそりと裏方役に回ることが出来たと言うのに。
「あ、美緒ちん丁度いいからお客さん役やってよ。実際に相手がいた方が練習になると思うからさ」
「もちろん!晴翔に頭を下げさせる……なんだか気分がいいな~」
「チェンジで」
「冗談じゃ~ん」
へらへらと笑う美緒にため息を吐く。接客をするという運命から逃れられない以上しっかりと練習するしかないか。俺のせいでクラスのみんなに迷惑をかけるのもあれだしなぁ。
「ほい、じゃあお店に入ってきたところからやろうかな」
「おっけー……わぁ!ここが執事喫茶かぁ!私初めてなんだよね!」
いつもより数段トーンの高い声を出し、迫真の演技をする美緒。聞きなじみのない声が聞こえてつい笑ってしまいそうになったが、俺はそれを堪えて教えてもらったセリフを口にする。
「おかえりなさいませお嬢様」
「……棒読み過ぎ、もっと感情込めて」
「そうだよ晴翔君、ほら笑って笑って~?」
無理だよ!なんだよ「お帰りなさいませお嬢様」って!こんなセリフ恥ずかしがらずに言えるわけないだろ!!
自分の体温がどんどん高くなっていくのを感じる。大分過ごしやすい気温なのにも関わらず、自分の身体からじわじわと汗が流れてくる。
「……やっぱ俺裏方に回っていい?恥ずかしすぎて無理なんだけど」
「もうそんな弱気になんないでよ晴翔!まだ時間はあるんだし大丈夫だって!」
「そうそう、初めて出来る人なんてそんなにいないから。徐々に出来るように練習してこうね?」
「……善処します」
それから俺は数日間接客の練習を重ねていった……のだが、どうにも上手く行かない。セリフを忘れたり、対応でミスをしたりということはほとんどない。何かしらのトラブルが起きなければ、スムーズに仕事をこなせる自信がある。
しかし──────
「晴翔……もっとこう、執事になり切って!自分が本物の執事になったかのように振舞ってみて!」
「それが出来たら苦労してないんだよなぁ……」
初日から頭を悩ませている接客の態度、それが数日経っても中々改善されない。どうしてもセリフが棒読みになってしまうし、笑顔がぎこちなくなってしまう。自然さを意識すればするほど笑い方や話し方がおかしくなってしまうという悪循環に陥ってしまったのだ。
「晴翔ならそんな変に意識しない方が良いのに……」
「それは流石に良くないだろ」
「そんなことないって!晴翔ならいつも通りが一番だよ」
「んー……そう言われてもなぁ……」
普段通りで良いと言われても、接客をする以上いつも以上に気を遣わないといけない。さらにただの店員ではなく執事として振舞わないといけないため、いつもよりも丁寧さを心がける必要がある。執事喫茶に足を運ぶ人は普通のお店とは違った対応を期待しているからだ。
「ふむ……ここは最終手段を取るしかないか」
「最終手段?」
「晴翔、出来れば人が来ない良い場所探しといて!明日までに!!」
「無茶ぶりがすごい」
……あ、でもあそこなら人来ないしそこそこ広いから行けそうだな。明日のお昼にでも聞いてみるか。
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