第111話 お誘い

「失礼しまーす」


「ん?一体どうしたんだい晴翔君。君が自主的に部室に来るなんて久しぶりじゃないか」


 各教室で文化祭の準備が進められていく放課後の時間。文化祭が近くなってきたからかどの教室も楽しそうな空気の中に慌ただしさが混じり始めている。


 もちろん俺のクラスも他クラス同様和気あいあいと小物づくりや接客練習なんかをしている。俺も練習に参加しようかと思ったのだが、この前の鈴乃との練習でかなり良くなったらしく今日はやらなくていいとのお達しが来た。


 申し訳ないから残ろうかとも考えたのだが、小物づくりとまだ接客が苦手な人への対応に追われ、俺がいるとむしろ邪魔なことに気が付いた。そのため俺は大人しく教室を去り、そのまま家に帰る気分でもなかったため理科室へ向かった、のだが……


「私今すごく眠いからさぁ……文化祭まで後何日も無いでしょ?だから私文化祭の日まですやすや寝てようと思うんだ。そういうわけだから文化祭までは理科室に来ても私には会えないと思ってね。じゃあおやすみ~」


 と、理子さんはすやすやと眠りについてしまったのでした。……睡眠時間長くない?幽霊の体になったら24時間以上睡眠が普通なの?


 せっかく足を運んだのに何も成果を得られなかった俺はどうしようと考えた末に、こうして久しぶりに文芸部の部室へと足を運んでいるのである。


「晴翔君のクラスは確か喫茶店だったよね?そっちの方に行かなくて良いのかい?」


「俺当日接客するんですけどもう練習しなくてもいけるって判断されて。居てもただ邪魔になるだけだったんでこうして遊びに来たんですよ」


「なるほどねぇ」


「そういう先輩こそ自分のクラスの出し物手伝わなくていいんですか?」


 俺は空いている椅子に腰を下ろしながら、自分のことを棚に上げている先輩に質問を返す。


「私?ああ、私は文芸部の仕事があるからって言って抜け出してるんだよ。それに当日も簡単な役が割り振られるだろうし、別に行かなくていっかなぁって」


 この人堂々とさぼり宣言してる……。最後の文化祭だよ?もうちょっと意欲的になったほうが社会人になってからいい思い出になると思うんだよね。


「はぁ……というか文芸部の仕事って──────」


「晴翔君の想像通りあって無いようなものだよ」


「ですよねー」


 体育祭が運動部の活躍の場だとしたら、文化祭は文化部の活躍の場と言えるイベントだ。例えば吹奏楽部は大きなコンサートを開いたり、軽音部はライブを開催したり、鈴乃のいる家庭部はお菓子を作って販売したり。


 一部部活動は例外だが、普段日の目を浴びることのないような部活動達が自分たちの頑張りや自分たちの好きな物を自由に展示できる、それが文化祭というもの。大抵の文化部は文化祭期間はかなり忙しくなる。自分たちの成果や頑張りを一目見てほしいと思うからだ。


 しかし、文化部の代表格とも言える文芸部は全くと言って良いほど頑張りを見せないのである。まず第一に文芸部の見せるものと言えば俳句や短歌や詩などでありぱっとしない。絵や音楽であれば素人が見聞きしても、「すごい!」「楽しい!」となるが、文学に関してはそうはいかない。「この俳句すごいわぁ」となる人なんてそういないのである。


 それに加えて文芸部の出し物は基本的に部室ではなく廊下の一角に飾られることが多いのだ。コンクールで賞を取ったものを筆頭に各自で書いたものをぺたっと廊下に貼り付けるだけ。先ほどの茜先輩の発言はこれのことを言っている。本当にあるようで無いのだ。……もうちょっと何とかなんなかったんですかね。


「先輩はそれで良いんですか?もうちょっと文芸部でなんかやりたいとか」


「えぇ?別に私は無くても良いと思うよ。だって他の出し物をたくさん見れるじゃん」


「それはまぁそうですね」


 やる側より見る側の方が楽しい、これはスポーツや芸術両方に言えることではある。まぁ確かに部活の出し物で時間を取られて見たいものが見れないっていう状況にならないのは魅力的だよな。


「それに真面目にやっても文芸部の出し物なんて誰も見ないから良いんだよ」


「部長がそれ言ったら終わりだと思うんですけどね」


「……時に晴翔君」


「何ですか」 


 茜先輩は落ち着かないといった様子で手で髪をいじりながらこちらにちらりと視線を向ける。


「ぶ、文化祭。誰かと回る予定はあるのかい?」


「え、あー……」


 理子さんと回る予定はあるけどそれ以外は特に決めてないんだよなぁ……。多分鈴とか颯太、美緒が一緒に回ることになるとは思うけど。


「友達に1日一緒に回ろうって誘われたくらいでそれ以外は特に決めてないですね」


「そ、そうか……は、晴翔君」


「はい?」


「少しだけで良いから…わ、私と一緒に文化祭回ってくれない?その、最後の文化祭だからさ!仲のいい後輩と一緒に回ってみたいんだよ!」


「良いですよ、茜先輩」


普段よりも大きな声で俺を誘う茜先輩に俺は二つ返事で了承する。


「っ!ほ、本当!?」


「はい、茜先輩の頼みですから」


 最後の文化祭だからと言われてしまえば断る方が難しい。だってここで断ったらマジで性格悪いみたいになっちゃうじゃん。まぁ理子さん以外に誰かと回る予定は特にないし、断る理由もないからいいけどさ。


「……ありがとう晴翔君。今年の文化祭は楽しくなりそうだ」


「そんな大袈裟な」


 俺が一緒に回るだけで文化祭が楽しくなるほど俺は面白い人間ではないんだけどなぁ……もしかして茜先輩の中だと面白い枠に入っているのだろうか。あぁでも肝試しのときみたいに気まずくなるよりは面白い路線で行った方が良いのか……?









次回かその次にやっと文化祭!やったね!!

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