第16話 一難さってまた一難

「てな感じで鈴が一人になるように仕向けるからそこで白川さんが一緒に食べようって誘う感じでよろしく」


「わ、分かりました……!」


 具体的……と言ってもそこまで複雑ではない作戦内容を説明する。内容は単純で俺が用事で一緒に食べれないことを昼休みに入った時に告げて、そこでどうしようかと悩んでいる妹に対して白川さんがアタックするというものだ。


 正直ここまでは100%成功する自信はあるのだが、本題はここから。この作戦、なんと白川さんのコミュ力に全てが掛かっていると言っても過言ではない割とあれな作戦なのだ。お昼ご飯を食べながら白川さんがどこまで鈴乃と仲良くなれるかは分からない。また一緒にご飯を食べたいと思えるほどの仲まで行くか、或いはただのクラスメイトどまりか。その結果は全て彼女の腕次第。


 ただまぁ実際に話してみた感じすごい面白い子だし、鈴乃も案外気に入る可能性がある。一つ心配な点を挙げるなら彼女は鈴乃の厄介オタクなためそれをこじらせないかが不安ではある。……ま、まぁなんとかなるでしょ。(投げやり)


「あ、白川さん」


「はい、なんでしょう」


「一応連絡先交換してもらえる?」


「え…?何ですか?私が興味あるのは鈴乃ちゃんであって鈴乃ちゃんのお兄さんではないんですけど……」


「違うわ、進捗報告用だよ。わざわざ会って上手くいったとか話すのめんどくさいでしょ?それに何かあった時に手助けできるかもしれないし」


「た、確かにそうですね。分かりました」


 この子もしかしなくても男子嫌いなんだろうなぁ……。でもまぁだからこそ鈴乃と仲良くなっても安心できるし、逆に男除けになってくれそうだ。まぁ今回のことが上手くいったらこの子にはなるべく近づかない様にしよう。


「それじゃ明日よろしくね」


「任せてください!絶対に鈴乃ちゃんと仲良くなってみせます。なので妹さんを私にください!」


「おい、言葉の使いどころ間違ってんぞ」


 明らかに友達になる以外の意味が含まれている言葉に俺はツッコまざるを得ない。いくら君が鈴乃のことが好きな美少女って言う優良物件だったとしても、お兄さんそういう破廉恥な関係にまで発展するのは違うと思うの。もっと健全な関係を築いて欲しいの。


「ふんふ~ん♪明日は鈴乃ちゃんとごっはん~♪」


 鼻歌交じりに階段を降りる白川さん、その表情はこれ以上ないくらいの幸せと嬉しさを滲ませている。こうして見るとどうして彼女の噂が広まっていないのか不思議である。もしかしたら学年では人気者になっているかもしれないが、彼女の可愛さは学年を飛び越えてもおかしくないレベルだ。


「鈴乃ちゃんと仲良くなって~♪それで~──────キャッ!!」


 俺の前を上機嫌で降りていた白川さんが突如体勢を崩す。浮かれていたのが仇となり、どうやら足を滑らせてしまったようだ。


「っと……はぁ…まじでびっくりしたぁ……浮かれるのはいいけど足元には気を付けな?」


 ギリギリのところで俺は白川さんを抱き寄せる。間に合って良かった……。


「それと大丈夫?怪我は無い?」


 転びはしなかったが場所が場所なため、どこか体を打ったり捻ったりしているかもしれない。


「え…あ……大丈夫…です……」


 先ほど大怪我をしそうになったからか途切れ途切れに返事をする白川さん。捻挫、或いはそれ以上の怪我をしていたかもしれない。入学早々怪我とか最悪な事態を想像して恐怖しているのだろう、ほんの少し体が震えてるし、一気に血が巡ったせいかどこか顔も赤い。


「そ、怪我無くて良かったよ。……あぁごめん、すぐ離れるから」


 そういえば彼女は男性が嫌いかもしれない疑惑があるんだった。それなのに急に俺みたいなやつに抱き寄せられるのは嫌だったよな。致し方がなかったとはいえ少し申し訳ない。これから妹の親友になるかもしれない子には出来るだけ優しくしたいからね。


「そ、その……助けてくれてありがとうございました!それでは失礼します!!」


「お、おう……」


 やはり男性嫌いだったのか、彼女はものすごい勢いで頭を下げたかと思えば走り去っていった。もう少し他の手はなかったかと少しだけ反省する。マジですまん白川さん。







 あの後特に予定もなかった俺は一人帰路についた。鈴乃はおそらく部活の見学中だろうし、しばらくは部屋でのんびりしてようかな。


「ただいまー……うおっ!?」


 扉を開けるとそこには座布団も何も敷かず、正座で目を伏しながら鎮座している鈴乃の姿があった。


「あ、おかえりお兄ちゃん」


「た、ただいま鈴。ところで何でそんなところで正座してるんだ?」


 いつもとどこか雰囲気の違う鈴乃に、俺は苦笑いを浮かべながら質問する。まずい、この重たい空気は非常にまずい。そう脳が警鐘を鳴らし、何とかこの場を乗り切る方法を猛スピードで考え始める。


「お兄ちゃんのこと待ってたんだよ?お兄ちゃん先に帰ってるかと思ってたけど家にいなかったから」


「そ、そっか……ちょっと野暮用で帰るのが遅れちゃったんだよ……」


「ふーん……野暮用かぁ…じゃあ仕方ないよね」


「そうなんだよ……って鈴乃さん?」


 鈴乃はにっこりと笑みを浮かべる。一難去ったかと思いきや鈴乃はこちらへと抱き着き、すんすんと俺の匂いを嗅いでくる。そして笑顔のままこちらを見上げて言葉を紡ぐ。


「お兄ちゃんにとっては女の子と抱き合うのが野暮用だったのかな?」


「ち、違うんだ鈴!これは──────」


「何が違うのお兄ちゃん。だってお兄ちゃんの制服から女の匂いがするんだよ?それもべったりついてる。こんなの今の私みたいに抱き着かないとつかないよ?ねぇお兄ちゃん、お兄ちゃんは一体何をしていたのかな?どこの女と抱き着いてたのかな?鈴は優しいから怒らないで聞いてあげる、だから正直に話してお兄ちゃん」


 圧!!圧がすごいのよ!!!


 既に瞳からハイライトが失われている妹の圧に俺はごくりと生唾を飲む。悪いことはしていないはずなのに体から冷や汗が止まらない。なんとか弁明しなければ……。

 

「じ、実は先生に雑用を任されてたんだよ、それで一緒に雑用を任された女の子が転びそうになって、その子を助けるためにちょっと抱き寄せただけなんだよ。けっっっっしてやましいことはしてないから!その子が怪我しないために必要な行動だったんだよ!」


 少し早口で話したせいか、嘘をついている風に見えて仕方がない。まぁ確かに嘘ついてるけど怪我しないよう抱き寄せたのは真実なんですよ。あれは仕方がないことなんです。


「………そうなんだ、ごめんねお兄ちゃん。私の早とちりだったみたい」


 先ほどから感じていた圧が霧散する。鈴乃が俺の言葉を信じてくれたことにそっと胸を撫で下ろす。よ、良かった……助かったぁ……。


「でもお兄ちゃんから他の女の匂いがするのは嫌だから今から上書きするね」


「ア、ハイ」


 ここで変に逆らったら再びあの圧が俺の体を襲うと悟った俺は鈴乃に従うことにした。ギューッと俺に抱き着き始める鈴乃、本当に上書きしようとしているのか体にすりすりと頭や額、頬などを擦り付けてくる。しばらくはこの状態が続きそうだなぁ……。俺は遠い目をしながら抱き着いている鈴乃の頭を優しく撫でるのだった。




「ねぇもう10分は経ったと思うんだけど……」


「まだ」


「うっす」


 ようやく解放されたのは抱き着かれてから30分が経ってからだった。

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