第31話 私、気づいちゃった
「そろそろ休憩しましょうか」
「うん…はぁ……疲れたぁ……」
「かなり集中してましたからね」
ペンをノートの上に放り投げ、凝り固まった体をほぐすために大きく伸びをする。
「あれ、もう2時間も経ってるの!?」
スマホの画面に映し出された時間を見て私は驚きの声を上げる。自分でも集中していたなとは思っていたけれどまさか2時間も続けて勉強していたなんて……今度からテスト勉強するときは鈴乃ちゃんと一緒にやろう。
いざ休憩に入ろうとしたその時コンコンとドアをノックする音が響く。
「鈴乃ー入るわよ?」
「お母さん、どうかしたの?」
ガチャリと開かれた扉の向こうから鈴乃のお母さんが顔を覗かせる。やっぱり鈴乃ちゃんに似て綺麗だなぁ……というかこの人に鈴乃ちゃんが似たのか。
「お菓子を持ってきたんだけど……」
「ありがとうお母さん。今ちょうど休憩しようと思ってたの」
「あら、完璧なタイミングだったみたいね。はい、どうぞ」
「わぁ…ありがとうございます!」
「いいのよ、勉強頑張ってね」
クッキーとそれに合う紅茶をテーブルへ置き、颯爽と部屋を出て行く鈴乃ちゃんのお母さん。なんかこう理想のお母さんって感じがしてすごい。やっぱり子は親に似るんだろうなぁ……。高橋母娘恐るべしだなぁ……あっクッキー美味しい。
「鈴乃ちゃん、お手洗い借りてもいい?」
「もちろんです。階段を降りてすぐ左の扉がお手洗いです」
「ありがと鈴乃ちゃん」
「ふぅ……ん?この声は……」
聞き覚えのある声に私の耳がぴくりと反応する。
そういえばここは鈴乃ちゃんの家でもあり先輩の家でもあるのだった。正直言って先輩と鈴乃ちゃんが兄妹であることを未だに信じ切れていない自分がいる。ちょっと失礼な話になるかもしれないが鈴乃ちゃんと先輩はあまり似ていない。先輩がカッコ悪いとかそういう話ではない。ただ先輩は鈴乃ちゃんと比べて普通過ぎるのだ。
先輩に行くはずだった良いところが全部鈴乃ちゃんに行っちゃったとかそういうやつだろうか……?先輩も先輩で可哀そうだなぁ……まぁ本人は何とも思ってなさそうだったけど。
出会って間もないかつあまり絡みがないため何とも言えないが、妹が自分より優れていることに対して後ろめたさは全く感じておらず、むしろそれが良いことの様に考えている気がして仕方がない。まぁ他人の家庭事情に首を突っ込むものじゃないしね、鈴乃ちゃんとの仲が良好なら別にいっか。
「葵さん、俺が買ってくるよ」
「でも晴翔君今テスト期間でしょ?」
葵さん……?え、もしかして鈴乃ちゃんの家って家政婦でも雇っているの!?
盗み聞きは良くないのは分かっているが聞こえてくる声に耳が兎の様にぴんとなってしまう。
「大丈夫、それにそろそろ息抜きがてら体動かしたいなって思ってたからさ」
「そう?じゃあ晴翔君にお願いしようかしら」
「うん、任せて」
……先輩。優しいのはとてもいいことだと思うけど家政婦さんの仕事を奪うのは流石にちょっと行き過ぎた優しさなんじゃないかなって思うんですけど。
先輩の過剰な優しさに苦笑いを浮かべる。この相手が母親であればとても親孝行な息子として捉えることが出来るのだが、相手は家事をするのが仕事の家政婦さんだ。
その仕事を奪うのは「あなたはこの家には必要ありません」と言っているようなもの。仕事が減って楽だと捉える人もいるかもしれないが、「え?私要ります?」と傷つく人の方が多いのではないかと私は思う。
「それじゃあいってきます──────って白川?」
やばい!聞き耳してるのばれちゃったかな?でもお手洗いを借りてたって言えば何とか上手く誤魔化せるはずだ。変に慌てなければ問題なく乗り越えられる!
引き際を見誤り、先輩と顔を合わせることになった私は焦る心を落ち着け、堂々とした態度で先輩の方へ体を向ける。
「どうだ?勉強は順調そうか?」
「へ?あ、は、はい」
「そっか、そりゃよかった。まぁ無理せずに頑張って、それじゃ」
「は、はい……ありがとうございます」
あれ……?変に心配しなくても大丈夫だった?
先輩は軽く挨拶をしてから外へ出て行った。先輩から疑いの視線などは全く感じられず、いつも通りといった感じだった。……私が変に考えすぎてただけかな。
「おかえりなさい」
「ただいま、お手洗いありがとね鈴乃ちゃん」
「いえいえ」
「先輩…鈴乃ちゃんのお兄さんってすごい優しいんだね」
「へ?急にどうしたんですか?」
こてんと首を傾げる鈴乃ちゃん、何その仕草可愛すぎない?
「さっきちょっと挨拶がてら話したんだけど家政婦さんの仕事を手伝ってたからさ、すごいなぁって」
「……家政婦?」
「そう、盗み聞きするつもりはなかったんだけど、葵さんっていう家政婦さんが買い物行こうとしてたら自分が行くって代わりに──────ってどうしたの鈴乃ちゃん?」
「えー…っと……その……葵さんってお母さんのことです……」
「‥……え?」
………ちょっと待って、一旦落ち着こう私。さっき鈴乃ちゃんなんて言った?葵さんが鈴乃ちゃんのお母さんって言った?言ったよね?私が聞き間違ってるわけじゃないよね?
数秒前の記憶を蘇らせ、ダブルチェックどころか10回近く確認してみるもやはり葵さん=鈴乃ちゃんのお母さん発言をしている映像が脳内に流れた。
え、じゃあなんで先輩は母親のことを名前にさん付けで読んでるの?え、そういう時期?反抗期を変に拗らせた結果めちゃくちゃ他人行儀になっちゃったの?いやでも買い物に代わりに行ってるから反抗期じゃないのか?これで反抗期だったら意味わかんないもんね。どんなツンデレだよって感じだし。
それ以外で考えられる線は──────
「そのあんまり広めないで欲しいんですけど」
色々と思考を巡らせていたせいで自然と俯いていた私は物凄い勢いで顔を上げる。そして目が合うと鈴乃ちゃんは少し言いにくそうにしながらも口を動かす。
「私と兄さんは血の繋がっていない……つまり義理の兄妹なんです」
「そう……なんだ」
鈴乃ちゃんの言葉を聞き、驚きよりも先にやっぱりかという反応が自分の中で返ってくる。鈴乃ちゃんが言う前になんとなくの予想はついていた。先輩と鈴乃ちゃんは血の繋がりがないのだと。それなら先輩が鈴乃ちゃんのお母さんに対して他人行儀な呼び方をしていたのにも納得がいく。
───────ああ、あの時の違和感はこれのせいか。
勉強机の上に飾られていた写真を見た時に感じた違和感。それは鈴乃ちゃんが今とは雰囲気が違うことに対して抱いたものではない。家族の距離感、それがどこか不自然に見えたのだ。
義理の兄妹であり、義理の家族であればその不自然さにも納得がいく。むしろあの距離感が適切であると言っても過言ではない。
先輩と鈴乃ちゃんが義理の兄妹……ちょっと待って……?
一つの考えが頭の中で渦巻き始める。
先輩と鈴乃ちゃんは一つ屋根の下で暮らしている。そして先輩と鈴乃ちゃんの兄妹仲は非常に良好だ。そんな中、先日伝えられた妹に兄離れをして欲しいという発言。これはもしかして────────
点と点が一つの線になり、私の脳に電流を走らせる。
先輩は鈴乃ちゃんを兄としてじゃなくて一人の男として見てもらうために兄離れをして欲しいのでは!?……きっとそうだ、というかそうに違いない!
やっぱり先輩はやり〇ンだったんだ!!義理の妹を手にかけようとしている性欲の獣なんだ!こうしちゃいられない、私が先輩の魔の手から鈴乃ちゃんを何とか守らなくては。兄妹の関係を悪用しようと考えている先輩から私が鈴乃ちゃんを守るんだ!!
「っくしょん!……なんかむずむずするなぁ。悪口とか言われてなきゃいいけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます