第83話 虚無
このままではいけないなと思った俺は自室に戻り、気になっていたアニメやゲームに手を付け、気分転換をしようと試みる。しかし、中々内容が入ってこないし、簡単なミスを何度もしてしまうなど、あまり効果的ではなかったため、諦めてベッドに横になることにした。
何も考えずにもうひと眠りすることが出来ればベストだっただが、そう上手く行くはずも無く、鈴乃のあの時の表情と自己嫌悪が延々と脳内を回り続け、睡眠のすの字すら見当たらない。結果、腹の虫が鳴るまでただ天井を見上げて感傷風呂に全身を浸らせることになってしまった。
「……めんどくさいけどコンビニ行くか」
服を着替え、外へ出るための準備を済ませた俺は必要最低限の荷物を持ち玄関へと向かう。リビングでは何かを炒めているのかジュージューという食欲を刺激する音と、鼻孔をくすぐる香ばしい香りがする。空腹の状態でこれは効くなぁ……俺も早くコンビニ行こ。
ガチャリと玄関の扉を開き、外へ出ようとしたところで後ろから物音が聞こえる。
「……どこ行くのお兄ちゃん」
朝と変わらない鋭い視線が俺の双眸を貫く。今の彼女の顔を見る度にズキズキとした痛みが心臓のあたりに走り非常に苦しい。
「コンビニでご飯を買いに行こうかなって。何か買ってきて欲しい物とかある?」
出来るだけ笑顔を作り、いつも通りの自分を演じる。今の鈴乃はおそらく俺と一緒に居たくないだろうし、眼中にも入れたくないはず。であれば、出来るだけ彼女に関わらないようにするのがベストな選択だろう。
「……あっそ!」
鈴乃はそう言ってリビングの扉をバタンと閉める。無意識のうちに気に障るようなことをしてしまったのだろうか、或いは怒らせるようなことをしてしまったのか……いつもみたいに振舞っちゃったのが悪かったのかな。
鈴乃の態度を見て再び自己嫌悪の波が一気に押し寄せる。どうすればよかったのか、どのように接すれば出来るだけ鈴乃の機嫌を損ねることがないか、という一向に答えが見つからない疑問に頭を悩ませながらコンビニへと足を動かした。
「ごちそうさまでした」
あまり味を感じなかったご飯を流し込むように平らげた俺は、午前中と変わらず廃人の様にぼーっと壁を眺める。
あの時肝試しに行かなければこんなことにならなかったのか、その場の雰囲気に流されなければよかったのかという過去への後悔と、鈴乃に嫌われてしまった俺はこれからどのように彼女と接し、生活をすればよいのかという悩みに頭を圧迫される。
鈴乃に好かれるような行動を心がけてきたが、人間そう簡単に変われないらしい。あの様子だと俺は会話はおろか、視界に入れたくないほどに嫌われている。前世の記憶が、脳にこびりついた嫌な記憶がそう告げている。
「かなり上手くやれてると思ったんだけどなぁ……」
良き兄として鈴乃に優しく出来ているという自信はあった。前世で注ぐことが出来なかった愛情をこれでもかと注ぐことが出来たという自負もある。
ただそれでも些細なことから信頼にひびは入ってしまうらしい。こうして無様に頭を悩ませているのが何よりの証拠だ。
「はぁ……死にてぇ……美緒からだ」
人形のようにぱたりと倒れこんでいるとスマホが小さく揺れる。スマホを手に取り画面を確認すると美緒からメッセージが届いていた。
『明後日の夏祭り、17時30分にいつもと同じ場所に集合ね!それと颯太にはもう伝えてあるから!』
そういえば夏祭り明後日だったな……正直夏祭りに行きたい気分ではないが、流石にばっくれるのはよろしくない。
俺は『了解、それと伝えてくれてありがとな』と短く返信し、スマホを放り投げるようにして手放す。本来であれば楽しみという感情が少なからず湧いてくるのに、今は全くそういう類の感情が湧いてこない。
自分でもかなりまずい状況だなと理解していても、やる気も元気も元から存在していなかったのではないかと錯覚してしまうほどに見つからない。
あぁ……虚無だ……。
俺はその後もただぼーっと壁を眺め、1日を過ごすのであった。
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