第120話 射的

「いやぁ……なんかすごかったっすね」


「だね」


 占いをしてもらった俺と茜先輩は感想を語り合いながら廊下を歩いていた。所詮高校生のやる占いだから大したことないだろうなと思っていたのだが全くそんなことは無く、そこら辺の占い師よりもよほど占い師をしているように思えて仕方が無かった。


 セッティングのおかげ、というのもあるかもしれないが彼女の言葉はすっと耳に入ってくるし、「確かにそうかもしれない」という事ばかりを立て続けに言ってくるのだからもうすごいというより若干の恐怖すら感じていた。


 ちなみに俺が言われた内容をざっくり説明すると「もうちょっと恋愛に対して前向きになれ」というものだった。確かに今まで自分が恋愛をしている姿など想像したことがなかったなぁと思う。前世も含めると30年以上恋というものを味わったことがない。……か、悲しくなってきた。


 もうちょっと前向きに……ねぇ……。


 頭では分かっている。だがそんなことが簡単に出来ないから彼女がいないわけで……。うん、今は深く考えない様にしよう。


「晴翔君、次はどこに行こっか」


「そうですねぇ……あっ、先輩射的とかどうです?」


 射的をやっているクラスがたまたま目に入ったため、反射的に口を動かす。


「いいね、私こう見えても射的得意なんだよ?」


「へぇ~そうなんですね」


「む、さては晴翔君私の事信じてないな?」


「そんなことないですって。夏祭りに射的やってる茜先輩似合ってるなって思っただけですよ」


「……それはそれでなんかちょっとなぁ」


 なんでだよ、割といい感じの返事をしたと思ったんだが?……いやでも射的が似合うって子供っぽいですねって言ってるようなものなのか?それは確かに嬉しくないかもだわ。


「別に変な意味じゃないですよ?ただ浴衣姿の茜先輩が射的やってるのは絵になるなぁって思っただけです」


「っ!……ま、まぁそれならいいんだけど……ほら、ここで突っ立ってないで早く中に入ろう?」


「そうっすね」







「ん……ぐぬぬぬぬ……」


 射的が得意と豪語していた茜先輩だったが、苦戦を強いられているご様子。唸り声を漏らしながら景品である熊のぬいぐるみに鋭い視線を送っている。


 あれを落とすのは骨が折れそうだなぁ……。


 茜先輩のお目当ては小さな熊のぬいぐるみ。そういえば部室にもぬいぐるみ置いてあったし、茜先輩ってぬいぐるみ好きなんだなぁ……うん、想像したら確かにすごく似合ってるかも。


 ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる茜先輩を思い描いてみたが、あまりにも似合い過ぎていた。なんだこの先輩は……もしかして可愛いか?


「むぅ……弾は当たってるのに……」


 茜先輩の最後の弾は綺麗にぬいぐるみの頭を打ち抜く。が、ぬいぐるみは何事もないと言った感じでほんの少し後ろに後退しただけだった。


「はい、次は晴翔君の番」


「ありがとうございます先輩」


 お金を何円もかければ熊のぬいぐるみを落とせるが、流石にそこまで欲しいとは思っていないのだろう。悔しそうにしながらも潔く諦めた茜先輩からおもちゃの銃を受け取った俺は、慣れた手つきでコルク弾を中に詰め込んでいく。


 特に欲しいものがあるわけでもないし俺もあのぬいぐるみ狙ってみるかぁ。まぁ多分倒せないだろうけど。






 えぇ……た、倒せたんですけど……?


 なんという事でしょう、茜先輩の時はびくともしていなかった熊のぬいぐるみが一発目でかなりのけ反り、その勢いのままなんと弾を一発残して落とすことに成功したのです。


「す、すごいよ晴翔君!」


「……えぇ?」


 え、えぇ……ぬいぐるみ系ってこんな簡単に落ちるもんだっけ?だって茜先輩の打った弾含めて9発だよ?9発で普通落ちないよね?もしかして俺達の前にめちゃくちゃお金溶かした人いたりする?


 意味不明なほどスムーズにぬいぐるみをゲットできたことに疑問を抱いた俺は試しに他のぬいぐるみに向かって残りの一発を打ち込む。パンッという軽い音と共に発射されたコルクは見事にぬいぐるみを捉える。が、先ほどの様には上手く行かず、ふわふわとした毛並みに勢いを吸収されてしまう。


 まぁうん、普通はあんな感じになるよなぁ……ま、まぁ別にずるしたわけじゃないし運が良かったことにしておくか!


「はい、茜先輩」


「え、いやいやそれは晴翔君が取ったものだからいいよ」


 俺は見事獲得したぬいぐるみを茜先輩へと渡す。しかし、申し訳ないと思っているのか茜先輩は受け取るのを拒んでくる。


「茜先輩のために取ったものなので受け取ってくれると嬉しいです」


「私のために……そ、そういうことなら遠慮なく……」


 おずおずとぬいぐるみを受け取った茜先輩はじーっとぬいぐるみを見つめる。そしてにへらと笑顔を浮かべる。


「ありがとう晴翔君、大切にするね」


「……どういたしまして」


 花が咲いたような笑顔に俺は一瞬だけ見惚れてしまう。


 これはしょうがないことなんだよ。だってあんな風に笑いかけられて見惚れない男子なんている?いねぇよなぁ!?っていう感じの笑顔だから見惚れちゃうのもしょうがないことなんだよ。


 ドクンと跳ねた心臓を落ち着かせるために俺は心の中で男ならしょうがないことだからと自分に言い聞かせる。危ない危ない……俺じゃなかったら耐えられなかったよ……。








「す、鈴ちゃん……大丈夫?」


「へ、ああうん大丈夫だよ。ちょっと嫌な予感がしただけだから」


 一瞬瞳からハイライトの消えた鈴乃、そんな彼女の顔を見た椿はひどく戦慄したとのこと。

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