第68話 どんぶらこ

「えいっ!」


「きゃっ!お返しだよ椿、えいっ!」


 浜辺で水を掛け合う美少女たち。非常に絵になり、そして目の保養になる。もう今日はこうして鈴乃たちが遊んでいるのを眺めているだけでいいや。


「できたぁ!」


「いやぁ穴掘るのとか小学生ぶりだったから割と面白かったなぁ」


「……こういうのって普通横になってやるもんじゃないの?」


 俺は今、美緒と颯太の手によって砂に埋められている、それも縦方向に。砂から人間の頭が生えているというとてもシュールな絵面が出来てしまい、通行人から「くふっ」という笑い声や奇怪な目を向けられ地味に精神が削られる。おい、何だこの仕打ちは。


「鈴ちゃんたちを見れるようにしてあげたんだよ?配慮ってやつだよ配慮」


「うん、それでありがとうとはならないんだよね」


「晴翔は我儘だなぁ……颯太」


「任せろ」


「おい……おいおいおい!それは流石にやばいだろ!?」


 美緒の言葉を聞いた颯太は近くから砂を集め俺の目の前にしゃがみ込む。


「今晴翔がどういう状況にあるかこれで理解したか?」


「ふっふっふっ、私の一声で大変なことになっちゃうからね?口の利き方には気を付けた方が良いよ?」


「ひ、人を埋めといて……」


「何か言った~?」


「イエナニモイッテナイデス」


「よろしい」


 それから俺はしばらくの間、頭だけで過ごすという中々出来ない体験をすることになった。体験してみた感想としてはもう二度とやりたくないですね。鼻が痒くなった時にかけないのがこんなにもつらいなんて俺思わなかったよ……。







 砂から解放された俺は体に纏わりついた砂を落とすという意味も込めて海の中に入る。砂の中で暖かくなっていた体が冷やされていく感覚がとても気持ちいい。……なんかやってることサウナみたいだな。


「あっ兄さん」


「鈴、それに白川」


 波に流されながら特に何もせずにプカプカと浮かんでいると同じく海で泳いでいた鈴乃達と遭遇する。


「先輩、何やってるんですか?」


「ただぷかぷか浮いてるだけ。そういう白川達は何してたんだ?」


「椿を色々な場所に連れていってたんだよ。こんな風に」


 そう言って鈴乃は白川の浮き輪を押しながら足をバタバタとさせる。


「……白川って泳げない?」


「わ、悪いですか?」


「いや、別に悪いとは言ってないだろ」


 ただまぁ海へ行こうって提案した人が泳げないとは思ってなかったけどね。

 

「鈴ちゃん、椿ちゃーん!!」


「きゃっ!?」


 ざぶんと大型犬……じゃなくて美緒が水の中から出てきて二人に抱き着く。いきなり水の中から出てきたらびびるわ。


「何してるの?私も混ぜてよ~」


 俺は楽しげに話し始めた3人を見て再びぷかぷかと浮いてそこら辺を漂い始める。ちなみに颯太ですが、俺がぷかぷかと浮き始めたのを見て、「俺は泳いでくるわ!」とどこかへ行ってしまった。まぁ彼は運動部ですからね、俺みたいに漂流物ごっこをするのは向いていないのでしょう。







「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるね」


「あ、私も!椿ちゃんはどうする?」


「んー……私はもう少しぷかぷかしてます」


「分かった。それじゃあ浅瀬に行こっか」


 泳ぐことが出来ない私を配慮して、鈴ちゃんと美緒先輩は岸辺に近いところに連れて行ってくれる。普通であれば一緒についていくのだがこの水の冷たさがあまりにも心地よく、もう少しだけこの中に入っていたい。


「それじゃあ行ってくるね」


「いってらっしゃい」


 手を振り二人を見送る。あぁ……鈴ちゃんを誘って良かった~。泳げない私にも優しく接してくれるし、それに泳げなくても楽しめるようにしてくれてるし……もうマジで天使。


 そして一緒にたくさん遊んだ後は一緒にご飯を食べて、夜まで一緒にお話してそれでお布団を隣り合わせてそれで──────


「はっ、いけないいけない。危うくよだれが……」


 今回鈴ちゃんを海に誘ったのにはいくつかの理由があるが、主目的は鈴ちゃんに楽しんでもらいつつ、私は鈴ちゃんの水着を見るためである。いやぁ……眼福です……。あんなに可愛い子と一緒に遊べるとか私幸せ過ぎる……。それに海で開放的な気分になっているからかいつもよりも距離感が近い気がする。何という役得、海サイコ―。


 それに美緒先輩とも仲良くなれたし、今のところはあまりにも順調すぎる。私は泳ぐことは出来ないがそれでも浮き輪があれば全然楽しむことが出来る。


「こうして一人でいても問題ないし……あ、あれぇ?」


 な、なんだか岸から段々離れていっているような……離れていっていないような……。


 海に対して抵抗力が無い私は波の流れによりふらふらと流されていく。時には戻り、そして離れる。それを繰り返しているうちにほとんど人のいないところまで流されてしまう。


 どうしよう……助けを呼ぼうにも周りに人はいないし、かと言って自分で岸辺に戻る能力なんてない。そんな力があるならとっくの昔に戻っている。


 もし……もし誰も助けに来てくれなかったら……私は……。


 どうにかしないと、早く何とかしないと。その考えが私の体を縛り上げていく。鼓動は早くなり、呼吸も浅くなる。落ち着いてと心の中で唱えるも、何者かに乗っ取られたかのように、体は言うことを聞かない。


「だ、誰か……たすけ────────」


「ん?……あれ、白川じゃん」


「へ……せん……ぱい?」

 

「こんな所で何してんの?」


「そ、それはこっちのセリフです!」


 人がいる。それも私の知り合いで、頼りになる人が。その事実に私の体から力が抜ける。浅くなっていた呼吸も徐々に深いものへと変わり心拍数も徐々に緩やかになっていく。


「実はぷかぷか浮いてたら、凄いとこまで流されちゃってさ。気づいたらこんなとこにいたんだよ。それで白川は?鈴と美緒はどうしたんだ?」


「鈴ちゃんと美緒先輩はお手洗いに行ってます。それと私がここにいるのは……先輩と同じ理由です」


「白川も流されてたのか……。どうする?俺は一旦休憩するけど、白川も戻るか?」


「は、はい……!」 


「おっけー。じゃあ戻るか……ちなみに白川って自分で動ける?」


「……動けないです」


「了解それじゃあ行くかぁ」


 先輩は浮き輪を押しながら岸辺の方へと泳ぎ始める。


 もし、先輩が近くにいなかったら私はひたすら流され続けていたのだろうか。


「ふぅ……」


 私は大きく息を吐く。数分前まで感じていた孤独感と焦燥感、そして恐怖から解放され手足がじんじんと熱くなるのを感じる。


「……先輩」


「んー?」


「その……ありがとうございます」


「どういたしまして」


 先輩の体温から伝わる安心感に心が休まるのを感じる。岸辺につくまでの間は、この穏やかさと心地よさに身を委ねるとしよう。

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