第74話 お見送り


「す、鈴さん……そろそろ行きたいんですけど」


 玄関で靴を履き終え、そろそろ学校へ向かおうとするも俺はしばらくの間動くことが出来なかった。その理由は愛しの妹が俺からくっついて離れようとしないからだ。どういうわけか肝試しに行って欲しくないらしく、こうして強硬手段を取って止めに来ているのだ。そんな風に止められたら本当に行けなくなっちゃうでしょ。


 俺はお腹当たりにある鈴乃の手をそっと握り、離せないかどうかを試してみる。うん、ちょっと無理そうですね。


「ほ、ほら。そんなに遅くならないうちに帰ってくるからさ」


「……一時間後に帰ってくる?」


「うーんそれはちょっと無理かなぁ」


「じゃあやだ!」


 一時間て……学校でちょっとお喋りしたら帰らないといけないじゃん。俺何しに行くん?


 いつにも増して退こうとしない鈴乃に俺はほぼお手上げ状態。もちろん無理やり手を剥がすことは出来るが、俺にそんなこと出来るはずもなく、手を離してもらえるよう納得させる努力をするしかない。


「ちょ、ちょっと夜の学校をお散歩して帰るだけだからさ?」


「……」


「それに1時間は無理でも2時間ちょっとで帰ってくるし」


「……」


「えーと……そうだ、帰りにコンビニで何か買ってくるからさ」


「……」


 駄目だ、うんともすんともしない。


 何とか懐柔を試みるも、1mmたりとも動く気配がない。俺に抱き着いた状態でメデューサに睨まれたのかと思ってしまうほど全く動かない。本当にどうしよう、誰か助けて。


「……お兄ちゃん」


「ん?どうした?」


「行っても良いけど一つだけ約束して」


「うん、良いよ」


 内容を聞く前に俺は彼女のお願いを承諾する。約束を一つ守るだけでこの状況を円満に解決できるのであれば鈴乃お願いを聞かない手はない。


「絶対に女の子と二人きりにならないで」


「えと……それだけ?」


「それだけ?じゃない!」


「アッハイスミマセンデシタ」


 鈴乃は俺の反応に頬を膨らませて怒る。そのせいか俺を抱きしめる力がちょっとだけ強くなるのを感じる。


「良い、お兄ちゃん?肝試しは男女の距離をあっという間に縮めてしまう魔のイベントなんだよ!?」


「なんだっけ……あ、思い出した。吊り橋効果ってやつか」


「それもある」


 正解じゃなかった。てっきりこれのことを言ってるのかと思ってたけど違うのね。


「いい?夜の学校が怖いからって言う理由でお兄ちゃんと手を握ろうとしてきたり、お兄ちゃんにくっついてきたりする子がいるかもしれないの!」


「いやぁ……流石にそんな──────」


「いるの!お兄ちゃんは黙って話を聞いてて!」


「うっす、すんませんした」


「全く……お兄ちゃんはほんっっっとに分かってないんだから」


 再び俺を抱きしめる力が強くなる。これ以上余計なことを言ってお腹が苦しくなるのは控えたい。ここは鈴乃の言葉を大人しく聞くとしよう。


「良い?女の子って意外と強かなんだよ?気になった男相手だったら怖かろうが怖くなかろうが怖がってるフリをするんだよ。そして距離を縮めて、自分のことを意識させに来るんだよ」


「な、なるほど……」


「そして二人きりになったらどうなるか……それはもう想像もしたくないほど大変なことが起きるの。だから絶対に女の子と二人っきりにならないで。分かった?」


「分かった。出来るだけ集団で行動するよ」


「うん、そうして。あ、それと茜先輩とは特に二人きりにならないようにしてね!」


「何故に……まぁ気を付けるよ」


 何故名指しなのかは分からないが、俺も出来るだけ茜先輩と二人きりの状況にはなりたくない。何故ならばめちゃくちゃに気まずいからだ。


 実は生徒会のお手伝いの後から茜先輩とまともに会話をしていないのだ。あの状態のままこの肝試しを迎える……正直まともに会話できるか心配なレベルで気まずい。


「ほんっっっとうに気を付けてね!分かった?お兄ちゃん!」


「わ、分かった。女の子と二人きりにならないようにするよ。特に茜先輩とは、ね?」


「ん、よろしい」


 その言葉と同時に鈴乃の手がするりと引いていく。どうやら動いていいらしい。鈴乃の説得にこれだけ時間がかかるとは……。でもまぁ無事に(?)解決できたし良しとしよう。時間的にそろそろ行かないと遅刻するな……というか早歩きしないとまずいかも。


「っしょっと……それじゃあいってき……」


「待ってお兄ちゃん」


「ん?まだ何かあ──────」


 あるのか、と言い切る前に鈴乃が胸板に顔をうずめてくる。固い床にずっと座り続けていたせいか、ちょっとよろけてしまったが、体重を上手い事移動させて体制を整える。


 ぎゅっと抱き着いてくる鈴乃の頭を優しく撫でる。すると、それに反応するようにぐりぐり、ぐりぐりと頭を擦り付けてくる。


「よし……それじゃあいってらっしゃいお兄ちゃん。出来るだけ早く帰ってきてね」


「行っていきます。出来るだけ早く帰るようにするよ」


 鈴乃の手厚すぎる見送りを受けた俺は学校へ向けて家を出る。……うーん出来れば走りたくないけどこれは走るしかないかなぁ……。

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