第71話 お夕飯

 楽しい時間というのはいつもよりも早く過ぎていくもので、あんなに青かった海が今はオレンジ色に染まり、とても幻想的な景色が生み出されている。快適さを作り出してくれていた浜風も少々肌寒く感じられ、遊ぶ時間が終わりを迎えたような雰囲気を肌で感じる。


「よし、それじゃあ行くか」


 身支度を整えた俺達は海を後にする。白川の別荘はここから歩いて10分かかるかかからないかの距離にある。別荘を見た感想としては、白川ってマジもんのお嬢様なのでは?と思ってしまうほどしっかりとしたお家でした。


「いやぁ遊んだ遊んだ!もうお腹ペコペコだよ~」


 何事にも全力で取り組むガールの美緒はリビングであるソファに座り込み、全体重をソファにかける。人の家だというのにそんなにすぐリラックスできるなぁ……。まぁ気の知れた人しかいないからというのもあると思うけど。


「少し早いですけどご飯にしましょうか。と言っても出来上がるのに4、50分かかりますけど」


「え!?鈴ちゃんの手作り!?」


「はい、椿に食べたいと言われたので夜ご飯は私が作る予定です」


 ちゃっかり料理のお願いをしている……。流石白川、抜け目ないなぁ。


「へぇ~、鈴乃さんって料理できるんだね」


「鈴の料理は世界一美味いからな」


「シスコン兄貴にボール投げてねぇよ」


 颯太の投げた会話のボールを俺が割り込んでダイビングキャッチ。これには観客もスタンディングオベーション。 


「言い過ぎですよ、兄さん。それじゃあ私はご飯作ってきますね」


「あ、鈴ちゃん!私も手伝うよ」


「ほんと?ありがと椿」


 鈴乃と白川は仲睦まじい姿を見せながらキッチンの方へと歩いていった。さて、料理できない組は雑談でもしながらのんびりと過ごしますかね。






「お待たせしました」


 しばらくすると鈴乃と白川がお皿を持ちながらこちらの方へとやって来る。数分前からとてもいい匂いがしてとても辛い思いをしていたが、ようやく解放されるらしい。


「おぉすご!」


「わぁ~美味しそ~!」


「めっちゃ美味そう!」


 お腹を空かせて鎮座していた居残り組の俺らがこぞって料理へと視線を奪われる。……というか今思ったけど年上の俺ら何にもしてなくね?……か、片付けはちゃんと手伝うから!


「初めて作ったんですけどかなりの自信作です。ね、椿」


「うん、とても美味しいですよこれ!」


 海の幸がふんだんに使われたパエリア、見るからに美味いがそんなことを言われてしまえば期待せざるを得ないじゃないですか。早く食べたい、早く食べたいと胃袋が訴えかけてくるのが分かるもん。


「それじゃあ食べましょうか」


「「「「「いただきます!」」」」」」


「あむっ……うまっ!」


「美味しい~!」


「そう言って貰えると嬉しいです」


 鈴乃の料理に皆は夢中になる。かなりの量があったパエリアだが、いつの間にか皿から姿を消し、他の料理もあっという間に無くなってしまう。美味しすぎる料理を前に、人間は無力になるものなのだ。超美味かったです。


「あぁ~美味しかったぁ……鈴ちゃん料理美味すぎるよ。どう?私のお嫁さんにならない?」


「前向きに考えておきますね」


「本当!?やったぁ!」


 美緒さん、社交辞令って知ってます?というか鈴乃をお嫁さんにするのならまず俺を納得させるところから始めてくれ。いくら幼馴染とはいえここは譲らんぞ。


「あぁ……睡魔がすごい」


「流石にシャワーはした方が良いぞ颯太」


「もちろんよ。流石にシャワーはしたい」


「あっ、シャワーするならご自由に使ってください!」


「家主に気遣わせんなよ颯太」


「……ごめんね白川さん」


「あ、いえ大丈夫ですので!」


 全く……友達として情けないよ颯太。後輩……それもここの家主に気遣わせちゃうとかよろしくないんじゃないかい?


「……って。何故に俺は軽くはたかれた?」


「顔がうざかったから」


 な、なんという理不尽……。







おまけ  キッチンにて


「わぁ……美味しそう!」


 鮮やかな色をしたパエリアを見て、私は感嘆の声を上げる。


「初めて作ったからどうだろうなぁ……ん、美味しい!」


 小皿に取り分けて味見をする鈴乃ちゃんを見て、思わずごくりと喉が鳴ってしまう。


「はい椿、あーん」


「うぇ!?」

 

 左手でお皿を作りながらこちらにスプーンを差し出してくる鈴ちゃんに、私はつい変な声を出してしまう。


 鈴ちゃんが作った料理を鈴ちゃん手ずから食べさせてくれる!?こ、こんな幸せなことがあっていいの!?それに間接キスも!?や、やばいやばいやばい!


 突然訪れた出来事に私の脳はパンクする。鈴ちゃんと料理をするというイベントだけで満足していたのに、まさかこんな……こんな幸せなことが起きていいのだろうか!?


「?……ああ、ごめんね椿。今すぐスプーン変えるか──────」


「大丈夫!それといただきます!……お、美味しい…!」


 急いでスプーンを口に入れる。すると次の瞬間、魚介の旨味が口いっぱいに広がり、自然と言葉が漏れる。


「そう?ならよかった」


 鈴ちゃんはにこりと微笑むと他の料理の盛り付けの作業に入る。……あまりにも幸せ過ぎる……こんなにも幸せなことがあっていいのか……夏サイコー!


「……どうしたの椿、そんなににやにやして」


「な、なんでもない!あ、私も手伝うよ鈴ちゃん!」

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