第2章

第63話 生まれ故郷

 学園の全ての課題を合格して、エインスワール隊の紋章を受け取った。

 今は、服の中、首にかけている。そっと、確かめるように紋章を押さえた。


 もうすぐエインスワール隊として、どこかのダンジョンに派遣される。

 不安はなかった。

 パーティメンバーは、いままでの班員。三年間共に過ごした仲間が一緒なのだから。


 それまでに、やっておきたいことがあった。


 過去との決別だ。


 そう言ってみたが、そんなカッコいいものではない。


 いままで怖くて近づけなかった生まれ故郷に立ち寄って、そんなに怖い場所ではないと確認したかっただけだ。


 ドキドキしながら行ってみると、俺の生まれた家は、もうなかった。


 いくつかの場所は懐かしく、足を止めて感傷に浸る。


 街の外れまでやってきた。この辺は、近所の子供が毎日のように集まって、駆けずり回って遊んでいた場所。


「あれ?? トーリか?」


 昔の面影が残る、走り回って遊んだ幼なじみの一人。


「タンザ?? か?」


「おぉ!! 覚えていてくれたのか!? お前、どうしてここに?」


「いや、ちょっと、懐かしくなってな」


「なんか、大変だったんだろ? あのあと、何も言わずに引っ越しちゃうし」


 そう。この場所で俺は、ベルゼバブの一人に声をかけられた。





 近所の子供で集まって遊んでいるところに、見知らぬ男がやってきた。

「これ、お菓子なんだけど、食べるかい? 甘いよ」


 見知らぬ人から、物をもらってはいけない。そんなことわかっているのだが、そこに集まった子供のなかには、貧困家庭の子供も含まれていた。

 普段の食事にも苦労しているのに、お菓子なんて食べたことがあるわけない。


 誰だったかは覚えていないが、きっと好奇心に勝てなかったのだろう。

「上手い! 甘い!」

 その言葉が、他の子を誘った。

 結局、皆でもらえば怖くないと、全員がお菓子をもらうことになった。

 トーリも手渡しされた上品なお菓子に夢中だった。一瞬手がふれたときに、スーッと変な感じがしたことなど、気にしない程度には。


 毎日のようにお菓子をもって現れる男に、どんどんと警戒心は薄れていき、子供達は懐いていった。


 あるとき、トーリは力ずくで拐われる。幸い、目撃していた子供がいたため、すぐに捜索隊が出されて見つけ出されたが、その男は逃げたあとだった。


 そして、男がトーリの魔力を「甘い密のようだ」と表現して気持ち悪い表情で触れてきたことと、自分に意思の反して魔力を奪われることへの恐怖が、魂に染み付いている。


 それでも、この一年、少しは考えを改めたんだ。魔力食いだからといって、全員が悪人ではないのだと。

 ニーナちゃんに執着しているレイン君は、ちゃんとニーナちゃんのことを大事に思っているようだし、班のメンバーにも気を使っている。


 だからこそ、生まれ故郷に来てみようと思った。





「なぁ、美味しい店を知っているんだ。食べに行かないか?」


 (なぁ、珍しいカエル見つけたんだ。取りに行かないか?)


 そんな、思い出がよみがえる。


 家に用事があるというタンザと一度わかれて、しばらく散策してから夕飯を食べた。


「あいつにも会わせたい」

「あいつには、会ったか?」

「そういやぁ、あいつと、あいつが結婚するんだと」


 昔の仲間の話をしつつ、「もう少し、ゆっくりしていけよ」と、タンザは言い続けた。




 夜中まで騒ぎすぎたのもあって、目が覚めたのは昼近くだった。

 急げば隣街くらいは行けると、荷物をまとめて、一応タンザに会いに行った。


「昨日はありがとう。じゃあ、戻るよ」

「お前、これ、持ってけよ」


 小さなクッキーがたくさん入った袋。


「これは?」

「ここ、何にもないだろ? 名物でもつくろうって、菓子屋とレストランで協力して作ったらしい」

「へぇ~。すごい」


 手を出すと、両手で包み込むように渡してきた。


 カチ!!


「へ?」


「悪いな」

 タンザは、そういうと、泣きそうな顔で逃げていった。


 自分の腕を見ると、魔法封じの腕輪が……。


 頭が真っ白になって立ち尽くしていると、

「やっと、見つけたよ。君の魔力が、忘れられなくてね。彼は、いい仕事をしてくれたね」




 身体強化はできなくとも、剣で応戦すればよかったのかもしれない。呆然としているうちに武器は奪われ、隠れ家にしているらしい場所につれてこられた。


「ひどい……」


 魔力のために閉じ込められている人が、数人いるらしい。呻き声が聞こえている。


「大丈夫。君は、壊さないように気を付けるから」


(気持ち悪い……)


「彼は、特別だから、丁重にもてなしてよ」


 返事をして、顔をみせた壮年の男の髪に、釘付けになる。

「お食事です。少ないですが、毒など入っておりませんので、しっかり食べてくださいね。食べなければ、持ちません」


 ベルゼバブの一員という雰囲気でも、魔力食いという雰囲気でもない。食事を受けとるときに、わざと手に触れたが、魔力が減る感覚はなかった。


「あの、僕……。貴方と同じ、髪色の女の子を知っているのですが」


 その、珍しいストロベリーブロンドの髪の、小柄で明るくて、可愛らしい女の子。


 壮年の男は、目を見開いた。


「い、いや、髪の色なんて、同じ人は五万といるでしょう」


 寂しそうに微笑んだ。

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