第19話 実家の安宿1

「俺の家は、安宿なんだよ。兄弟も多くて、すんごい貧乏なんだよ」


 安宿でボロ宿。夏には暑く、冬にはすきま風が吹いて寒い。薄い布団では寒すぎて、分厚い服を着込んで寝ることになる。ユージが過ごした実家のことだ。


 近くに初級ダンジョンがあり、そのダンジョンに出稼ぎに来た冒険者の泊まる宿だ。

 初級ダンジョンにしか入れないような冒険者は、稼ぎが少ない。

 そんな人でも泊まれるように、料金は安いままを維持しているが、十分な稼ぎとは言えなかった。夫婦二人だけなら暮らしていけるだろうが、5人も子供がいたら、極貧生活だ。


 ユージは一番上、長男である。


 小さい頃から、大変そうな両親を助けるために、弟たちの面倒を見ていた。その合間を見て薬草を摘み、ある程度まとまったら母をつれて売りに行った。

 母は、ユージの稼いだお金を使うことをいつも渋ったが、極貧の生活では使わないわけにはいかず、いつも謝りながらお金を受け取るのだった。


 手伝いは大変だったが、宿にある食堂で冒険者の話を聞くのが、ユージの楽しみだ。配膳を手伝っていると、冒険者が声をかけてくれる。


「おっ!! ユージ、今日も手伝いか? えらいなぁ~」

「おじちゃん、今日は何を採ったの?」

「今日は大量だったんだよ。ウサギを5匹も狩ったぞ」

「すご~い!!」

「おっ! ウサギしかとれない俺を、すごいって言ってくれんのか?? ユージは可愛いやつだな~。よし! 飯を食ったら魔法を教えてやるよ」

「やったぁ~!!」

 跳び跳ねて喜ぶユージの頭を撫でると、

「ユージには、これをやるから、それまで、母ちゃんたちの手伝いを頑張るんだぞ」

 おじさんは、自分の皿の中から一番大きな肉の塊を掴むと、ユージの口に突っ込む。

「ひゃぁ~い!!」



「おっ!! ユージか、大きくなったなぁ~。俺の身長、抜かしたんじゃないのか?」

「ダンテおじさん、今年も出稼ぎですか?」

「そうだ。今の時期は農業は出来ないんだ。そうだ、ユージ。お前、体格もいいし剣の振り方、教えてやるよ」

「本当に!?」

「あぁ、そうだな、来年強くなっていたら、ダンジョンに連れていってやってもいいかもしれないな」

「やりぃ~!!」

「おい! ユージ!! 魔法はちゃんと使えるんだよな?」

「ダンテおじさんの教えてくれたのは、完璧だよ」

「そうか! それは、頼もしいな~」

 稼ぎのいい日には、「一緒に食え」といって、一品おごってくれた。



「おぉ!! ユージ、お前、立派になりすぎじゃないか?」

「ダンテおじさん、お久しぶりです」

「なんだよ、話し方までしっかりしやがって。その様子を見ると、ユージを可愛がっているのは、俺だけじゃないようだな」

「まぁ、お陰さまで」

「そこは、否定するところだろ~??」

「はははっ。俺、修行しましたよ」

「でかくなったもんな」

「おじさんが教えてくれたお陰で、野生動物も何匹か狩ることができたんです」

「そうか!! それは、すごいな! ダンジョン、行きたいよな」

「はい!!」


 未成年をダンジョンに連れて入るには、子供一人につき大人が二人必要だ。

 ダンテだけでは連れて入ることが出来ない。


 誰か、信用できるやつを探さなければならない。


 あいにく、今のダンテには、思い当たる人物がいなかった。


(帰るまでには信用できそうなやつを、見繕うか……)


「ダンジョンに一緒にいけるやつを、探しておくさ」

「お願いします!」

 そう言うとユージは、薪ストーブのところに向かい、どんどんと薪を足していく。


 薪を十分に使うこの食堂は暖かい。その温もりが、二階の客間まで伝わり、少し暖かいのだ。この宿によく泊まる人は知っている。暖かい部屋から先に埋まるのだから。


 次の日の朝もユージは宿を手伝っていた。

 消えてしまったストーブに、ダンテの教えた魔法を使って火をいれている。

「さぶ~」

 朝の早い客が、肩を擦りながら降りてくる。

 暖房の準備をしたユージが、配膳の手伝いをし始めた。


(本当によく働く子だ)


 エインスワール王国は、ダンジョン産の珍しい素材を輸出することで潤う、大変豊かな国だ。お金にも時間にも余裕がある我が国では、未成年のうちに働く子は少ない。成人前の三年間、学校に通うことが義務付けられていることも、成人してから働くという慣習に一役買っているのだろう。ユージとて、家の手伝いの範囲を越えてはいない。働きぶりは一人前を越えていると思うのだが。


「おい! ユージ!! 温め直してくれや!」

 客に一人が、冷めてしまったスープを温め直せと言っている。

 早く飲まなかったそいつが悪いと思うのだが、ユージは文句も言わずに魔法を使って温め直していた。


 その日の夕方、ダンテは、特段稼ぎが多かったわけではないのに、ユージに何かおごってやろうかと思っていた。


 ユージの仕事が一段落する時間を待って、食堂に向かう。


 残念ながら、ダンテがよく座る席は埋まっていたので、どこに座ろうかと思って見回していると、

「ダンテさんですよね。ご一緒しませんか?」

 身なりのいい客が話しかけてきた。

「あぁ、ダンテだが……」

 この宿には似合わないほどの、作りのよい服。冒険者であることは間違いないのだろうが、初級ダンジョンしかないこの場所では、なかなか見ることの出来ない上等な形振りに、警戒心が勝る。

「よかった。ユージ君が、いつもはもっと早く帰ってくるって心配してたんで」

「あぁ、目標の稼ぎになるまで粘っちまったんでな」

 実際は、粘っても目標に達しなかったのだが。

「仕事が終わったらユージ君にも来るように言ってあるので、食事は終わらせてしまいましょう」

 仕方なく、いつものメニューを注文すると、ユージが皿を持って現れた。

「ユージ君、そろそろ座れますか?」

「大丈夫です」

 そう言うと、使っていない椅子を持ってきて座った。


 この、身なりのいい男の真意がわからない。


「ダンテさん。昨日、話していましたよね。彼をダンジョンに連れていくと約束していると。誰か候補は見つかりましたか?」

「いや~、まだなんだ。強くて、信頼できる奴がいいんだけど、すぐに見つかるわけないだろ?」

「じゃあ、俺にしませんか?」

「はぁ?? 初対面の奴に、ユージの命を預けられるかよ!!」

「初対面ですが、身分は保証できますよ。俺は、こういうものです」

 男は、胸元から紋章を取り出す。


 ダンテが、噂にしか聞いたことのない紋章が、いま目の前に……。生きているうちに、お目にかかれるとは思っていなかったのだが……




(・・マジか……)

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