第18話 ハートの葉っぱ

 食堂でお昼ご飯をワイワイと食べる。たまにユージが考えこみ眉間に皺を寄せるが、混ぜ飯にがっつくメンバーは気がついていない。斜め前に座っているミハナだけが気がついて心配そうにするが、それを指摘するには至らなかった。

 お盆を片付けると、

「よぉ~し!! ユージぃ~!! いこ~!!」

 ニーナが拳を振り上げて張り切るので、ユージが

「遊びにいく訳じゃないんだぞ」

と、渋い顔をする。

 ミハナが心配そうにメンバーを見回しているが、敢えてユージに助け船を出そうとするメンバーはいなかった。

 ニーナなどは教えてもらった方がいいと思っているし、イアンは気がついていても、大人で男っぽいユージが少しくらい困るところもみたいと、意地悪心を発揮していた。

「しゅっぱ~つ!!」

 寮から出て、学園の正門に足を進めるニーナをユージが止める。

「そっちじゃないぞ」

「え?? どこ?」

「こっちだ」

 寮から出たところを右に進んでいく。

「え?? そっちって、木しかないよ」

「あそこら辺の地面に用があるんだよ。ちょっと必要なものがあるから、来てくれ」

 ユージはそう言うと、ダンジョンの横にある事務室の裏に向かった。

「ここらへんに……」

といいつつ、草むらをガサガサして大きなものを持ち上げる。

 籠と、その中にハサミが入っていた。

「大きいねぇ~。それで何するの?」

 ユージが籠をひっくり返して反対から叩き、落ち葉などを捨てながら、開き直った顔で答えた。

「薬草を採るんだよ」

「え~!! たのしそ~!! どれどれ?」

 目を輝かせて、自分の足元を掻き分け、すでに薬草探しを始めたニーナ。

 それを、意外そうな顔をしたユージが止める。

「楽しそうなのか?? あっちだ」

 ニーナが、「木」と呼んだ小さな林のところまで来ると、

「この辺に生えている、薬草を採っていたんだよ」

「え~!! どれどれ??」

「一番わかりやすいのは、このハートの葉っぱだ」

 そういって一枚採ったユージにイアンが、

「もしかして、ハート草??」

「そうそう。名前の通りだろ?」

「あの、傷薬になるっている?」

 ミハナも覗き込んでいる。

 だれでも採ることができる、安価な薬草だ。


 今まで勉強してきて、ハート草が傷薬になることは知っていたが、実物、しかも生えているところは見たことがなかった。


「これを、採るの??」

「あぁ、ハートが崩れないように採ってくれ」

 ハサミはユージの分しかないのだ。根本のところを押さえて、丁寧に採る。青臭い匂いと共にスーッとする匂いがしてきた。

 皆も興味深そうにハートの葉っぱを摘み始める。

 しばらく迷ったカイト先生も、手伝い始めた。


 採れた葉っぱを左手に、右手で次々と新しい葉っぱを採っていたのだが、そろそろ持ちきれなくなる。

 そっとユージの籠に近づき、そこに入れた。

「おい!! なんで、ここに入れるんだよ!?」

「えぇぇ~!! だって、いいじゃん!! 持ちきれないんだから!」

 他のメンバーも、ユージの籠に入れるので、

「お前ら!! 俺は、これを売ってだな、…………」

 長い沈黙のあと、

「自分の金にしてるんだ。だから、お前らも、自分の金にしろ!!」

 イアンが、面白そうに口角をあげる。思った以上に焦る、ユージが意外で面白かったのだ。

 気が優しくて面倒見のいいユージに、ちょっとした金額にしかならないであろうハート草を採ってあげることくらい、構わないと思っていたのだが。


 ユージの籠に採った薬草をいれるという、ユージが得をする意地悪を続けて、楽しんでもいいが……。

 少し考えて、皆に提案した。

「とりあえず、持てるだけ持ったら、一度売りにいこうか」



「これ、買い取りお願いしま~す」

 ダンジョンの事務所でお姉さんに声をかけると、

「はい。買い取りは初めてかしら?」

 肯定すると、お姉さんは買い取りについて説明をしてくれた。

「未成年からの買い取りは、本来なら保護者の同伴が必要ですが、このエインスワール学園の生徒に限り、この事務所で買い取りします。ただし買取価格は、低くなってしまいます。実際は、課題のためにできた制度ですので、価格が低いことはご了承ください。差額を学園の経営費用に当てさせてもらいます。それで、異論がなければ買い取り致します。」

「はい。大丈夫です」

 イアンが、すぐに返事をした。

「では、こちらにどうぞ。カイト先生はお待ちください。先生は、金銭的に生徒を補助してはいけないことになっておりますので」

 カイト先生は、「これだけだぞ……」と言っていたが、睨みに負けてお姉さんの言葉にしたがった。


 お姉さんは品質を確認して重さを量り、

「全部で672エルです。買い取りいたしましょうか?」

「お願いします。ところで、籠とハサミの値段を教えてください」

 籠は大6000エル、中3000エル、小1800エル、ハサミは1200エルらしい。

 イアンはしばらく考えて、「もう二回来ます」といった。

「お金は、口座を作ることも出来ますが、どうしますか?」

「口座ですか?」

「班の口座を作っておくことをおすすめします」

 お姉さんは、はっきりと言いきる。

「じゃあ、作ってもらおうか。ユージには事後報告になっちゃうけど」

 イアンが皆に確認する。

「いいよぉ~!!」

 ニーナの能天気な声とともに、皆が頷いた。

「よし! そうと決まれば、あと二回!!」

「よぉ~し!!」


 ニーナは楽しかった。

 全員分集めても、おやつくらいしか買えないほどの金額。

 ほんのちょっとだけれど、自分でお金を稼げるなんて。


 その後、皆で頑張って小さな籠を買った。


 その頃、ユージの籠には、ハート草だけではなく色々な薬草が入っていた。


「ユージ、これなに?」

「これは、カール草。茎がねじれているのが特徴だ」

 少し、スパイシーな匂いがした。

「もしかして、痛み止めの?」

 ミハナは回復魔法も得意だが、薬草にも興味があるようだ。

「そうそう。この方が買取りは少し高いんだけど、ハサミがないと採りにくいんだ」

「イアン!! 次は、ハサミだね!!」

 イアンは、大きく頷いた。

 その様子にユージは、頭をボリボリと掻いて、呆れたようにため息をつく。

「お前ら、なんでそんなに楽しそうなんだ? 薬草採りなんて面白くないだろ?」

 ニーナはカール草を探すのを中断して、ユージの前で拳を握った。

「えぇ~!! なんでぇ~。面白いよ~。自分でお金が稼げるなんて、最高!!」

「はぁ~?? そんなわけないだろ? この学園に来ているのは、裕福な家の子が多いだろ?」


 エインスワール学園に合格する子は、小さい頃から家庭教師を雇えたりや学校に行けるような裕福な家の子が多い。


「そんなことないよ~。うちは、お母さん、宮廷魔道師だけど、お父さんいないから。本当は私が手伝わないといけないんだけど、魔法も使えないから家にいるしかなかったんだよね。だから、少しでもお金になるってことがわかって嬉しい。ユージは、なんで、薬草採ってるの?」


 ユージは、目を見開いた。

 いくら、宮廷魔道師だとしても、女手一つで子供を育てることの厳しさはわかる。

 ニーナの目線から視線をそらすと、レインと目があった。

 レインは、濁りのない澄んだ瞳で見つめていた。

 皆は裕福だという思い込みが、この3班では通用しないことを思いだす。

 

「いや、うち、貧乏だから……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る