第91話 半地下の隠れ家3
寒さの和らいできたある日、エアルは「ちょっと仕事に行ってくるからね」と言って出掛けていった。上の階が騒がしくなるくらいのお迎えがきていたから、迎えにきた人と共に仕事とやらに向かったのだろう。それから、10日以上が経っている。
一人だけ仲間を見張りとして置いていったのだが、魔力食いではないその男は、半地下室にいる3人のことなど、どうでもいいらしく、食料の追加を頼んでも、聞こえない振りをしている。
なんの返事もしないのだ。
「さすがに、明日まで食べ物をもらえなければ、強行突破するしかありませんね」
「ニックさんの予定が、くるっちゃうんですよね?」
「そうですね。こうやって自由にできるまで、十年以上の時間がかかってしまいましたから、それが全て無駄になってしまうと思うと、悔しいですがね。命がかかっているのなら仕方がありません」
「十年ですか……」
想像もできないくらいの、途方もない時間……。
「食べ物がないのでは、無理はできないですからね。エアルだったら、最低限の準備はしっかりしてくれたんですけどね」
「まぁ、ちょっと脅してみたらいいんじゃないですか? あそこの入り口を爆破するとか、どうですか? 」
食料などの買い出しも頼まれているはずの男が、エアルの言いつけを守っていないと言うことだ。逃げ出されてしまうと思えば、急いで買ってきてくれるのではないか?
「いい案ですね。男が食材を買ってきてくれなかったからという言い訳を、エアルが信じてくれることに賭けるしかありませんが」
そんな計画を立てていたのだが、実行されることはなかった。
上の階が騒がしくなり、床板が上がり、急いでエアルが階段を降りてきた。
「ただいま~!! トーリ君~!!」
大好きな人にやっと会えたかのように、満面の笑みで両手を広げてまっすぐトーリに向かってきた。
ニックが、エアルの前に立ちふさがる。
「なんで、ニックは邪魔をするんだ!!」
「何故だと思います? 食べ物がないんです。食べ物をくれなければ、全力で抵抗せざるをえません!!」
「はぁ~?? あいつに、買い出しは頼んだだろ?」
「そういうなら、見てみればいいでしょ」
ニックは、キッチン代わりにしているテーブルを指差した。調理用品や食器以外は、何も乗っていない。
「一度も追加の食材はいただけませんでした。怒るのなら、あなたの部下にしてください」
「あいつ~!!」
そのまま引き返して階段を上っていった。怒鳴り声と命乞いをする悲鳴が聞こえる。
「仲間にすら、理解してもらえていないんですね」
ニックの呟きに、苦い思いが広がった。
魔力食いは稀有な体質のために、世間では理解されていない。どちらかというと、ベルゼバブが目立ちすぎて、魔力食いというだけで犯罪者だと思われてしまっていることもある。
仲間ですら、魔力を分けて貰らう理由を理解していない。拐ってきて閉じ込めておくのはいけないことだが、エアルにとって、魔力補給のための3人がいなくなったら命に直結してしまうということを。
まだ怒りが収まりきらないのか、乱暴な動作で階段を降りてきたエアルが、腕を広げてトーリに近付いてくる。
「今、買い出しに行かせているよ。まずは、暖かい出来立ての食べ物を買ってくるように言ってあるから、それで許してくれないかい?」
ニックに目配せを受けたので、
「本当ですね。次に食料がないなんてことがあったら、舌を噛みきって死んでやりますよ」
と、脅してみた。
「あぁ~。やめてくれ。トーリ君~」
こうやって見ると、かわいそうな人なのだ。エアルは、完全に生き方を間違えたのだろう。犯罪者になどならずに、ちゃんと事情を説明してくれれば、レインを受け入れた3班の班員のように、友達を助けるくらいの気持ちで、魔力を分けてあげられたのかもしれない。
しかし、今となっては、もう遅い。
トーリにとって魔力を奪われるのは、恐怖でしかないのだから。
「ねぇ、エインスワール学園の噂なんだけどね。
普通の学校じゃあ、手におえないほどの魔力食いっていうのは、エインスワール学園が預かるんだって??
何年かに一人は、魔力食いが入学しているっていうのは本当かい?」
「さぁ~?? 他の班のことは詳しく知らないので」
頭の中にはレインが浮かんでいるが、必死で知らないと言い張る。
エインスワール学園で、楽しく暮らしているレインを、ベルゼバブに関わらせたくなかった。
「トーリ君の班にはいなかった?」
「いませんよ」
「ふ~ん。今、いるらしいんだよね。どんな子だろう??」
レインはいいやつだ。班員も、いい子達ばかりだ。
「トーリ君を、エインスワールに行かせて調べてきてもらえばいいんじゃないですか?」
ニックが話に加わってきた。
「バカか?? 簡単に逃げられるだろ??」
即答したエアルに、ニックは自分を指差した。
「私が行ってきてもいいですよ」
「同じだ!!」
「じゃあ、せめて、ここの鍵、開けておきませんか?」
トーリの牢の鍵を指差して、妥協したように提案する。
「まぁ、それくらいなら」
そう言うと、腰につけていた鍵の束から一本の鍵を選び出して、トーリの牢の鍵を開けてくれた。
顔を見るたびに、あの手この手でお願いし続けたニックの粘り勝ちだ。
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