第90話 半地下の隠れ家2

 湿気のこもった牢の中で目覚めると、ニックが鉄格子のついた窓を開けて空気を入れ換えていた。

「あぁ、おはよう。昨日の雨は、すごかったですね」


 ニックは小声だ。隣の牢からは、規則正しい寝息が聞こえている。大きな雷の音と、半地下の壁から、絶え間なく滲み出てくる水に一晩中怯えていたのだ。


「こんな隠れ家、つぶれればいいんですよ」

 トーリも小声で返した。


 せっせと水を汲み出して、今も、魔法まで使って湿気を取り除いているニックへの皮肉だ。


「私も、それは、同感です」

 ベルゼバブの仲間ではないというのに、この隠れ家の管理は率先してやる。それで、その発言。矛盾だらけじゃないか。


 アジトの入り口が開く音がした。エアルが出掛けてから2日たっているから、すぐにでもこの場所にやってくるはず。

 連れていった仲間二人に魔力を分けてもらっているらしいのだが、足りていないのだとか。

 仕方なく、鉄格子付近に移動する。半地下に繋がる、床板をあげる音に続き、階段を降りる足音がした。


「酷い雨だったよ~。

 これ、食料ね。次、いつ買ってこれるかわからないから、節約して食べるんだよ。

 トーリ君~。あれぇ? 今日は逃げないんだ」

 ニックへ大きな袋を手渡すが、視線はトーリをずっと見ている。

「いや、寝てるから」

 隣の少女を起こしてしまうくらいなら、魔力ぐらいくれてやろうと思っただけだ。

 手を繋いでくるエアルに鳥肌が立つが、何とか堪えて魔力の補給が終わるのを待つ。


 袋をキッチン代わりにしているテーブルに置いたニックは、エアルのそばに跪いた。

「トーリ君がいつでも魔力をわけてくれるのなら、あの子は逃がしてもいいんじゃないですか?」

 何を無責任なことを言ってくれているんだとニックを見るが、ニコッと微笑まれた。


 まぁ、確かに。


 まだ幼いあの子を逃がせれば、トーリとニックの大人だけになる。大人だけであれば、多少手荒な真似をして逃げ出しても構わない。現状では、あの子がいるから逃げられない。

 ニックに逃げる意思があればの話だが。


「バカ言ってんじゃないよ!! あの子を逃がしたら、君らがここに留まる必要がなくなっちゃうよね? 絶対にダメだよ」

 エアルは、真っ赤になって怒った。

「じゃあ、トーリ君を牢から出して、手伝ってもらうっていうのは、どうですか?」


 エアルにとって、容認できない頼みごとから初めて、認めてくれそうな頼みごとに切り替えていく。

 ニックが、いつも取っている手法だ。


「この人数の面倒くらい、ニック、一人で十分だろ?」

「トーリ君は、魔道具で魔法を封じられているんですから、逃げられる心配はないはずですよ」

「トーリ君はダメだ!」


「では、薪を取りに行かせてください。寒くなってきましたので」

「はぁ~? 本当にうるさいな~」


 ニックは、エアルが音をあげるのを待っている。


「おい!! お前ら、薪、取ってこい!!」

 上の階に向かって叫んだ。

 仲間の男達は、帰ってきたばかりだというのにエアルに命令され、悪態をついている。


「私が、取りに行きますよ」

「はぁ? わかってるのか? お前は、絶対に、刃物を触るなよ!」

「怪我の心配をしてくれてるんですか? 大丈夫ですよ。子供じゃないんだから」

「怪我の心配なんかするか!! こっちが殺られるわ!!」

 逃げられる心配ではないんだと、意外に思う。思ったよりニックは、エアルの信頼を得ているのかもしれない。


 ニックとのやりとりに疲れた表情をしたエアルが、「そういえば、」とトーリのほうへ身を乗り出してきた。


「トーリ君がいたエインスワール隊って、すごいんだな~。

 エインスワール学園っていうのもあるよね? いくつくらいの子がいるんだろ? 魔力の多い子ばっかりなの?」


 そう言われた途端、脳裏にはニーナちゃんの顔が浮かび上がった。トーリよりも魔力の多い女の子。しかも、彼女の近くには、魔力食いのレインがいるではないか。

 なんとか、エアルの興味をエインスワール学園から逸らさなければならない。


「皆が皆、魔力が多い訳じゃないですよ。俺は特別です。

 あそこの教育は特殊で、一流の冒険者として育てるので、ちょっと腕が立つくらいのやつには、太刀打ちできませんよ。

 それに、成人間際の生徒が多いので、幼い子のようにはいきませんし。エインスワール隊の現役隊員が全力で守っているので、手は出さない方がいいと思いますよ」


 平然を装いたかったのだが、しゃべる言葉が止まらない。なんとか、誤魔化されて欲しい。

 エアルと目があって、つい、目を逸らしてしまった。


「そうなのかい? 本当かな~?? もう一人くらい拐ってきたいけど、それには、魔道具が、もう一つ必要だねぇ」


 思案顔のエアルは、魔力補充が終わり、上の階へ戻っていった。


「今、上に向かって爆発でも起こせば、全員倒すことができるんじゃないですか? そうすれば、この子も逃がすことができますよ」

「そうだね。私の希望は、叶えられないけどね」

 上の階を気にするように、小声で話す。

「あの子には申し訳ないと思っているよ。早く解放してあげられなくてね」

 トーリには、別段何も感じないというのか……。

「トーリ君は、どちらかというと、同志だと思っているよ。本当は、エインスワール隊が、この隠れ家を突き止めてくれないかと期待していたんだけどね」


 未だにエインスワール隊は現れない。トーリの班員が探してくれていると思うのだが

 トーリがエアルに捕まってしまった生まれ故郷から、馬車で3日ほどの距離があったのだ。

 幼馴染みのタンザが魔道具を使って連絡してから、たったの一晩でどうやって到着したのかと思ったが、途中の村の住人の魔力を奪って『身体強化』を最大限にかけて、走ってきたらしい。

 トーリの知っているベルゼバブの情報では、日帰りできる範囲でしか移動できないということだったから、隠れ家は捜索範囲外なのだろう。

 ベルゼバブが魔力食いのみで行動していると思っていたのが間違いなのだ。仲間がいて、遠出するときにはその仲間がサポートしてる。


 エインスワール隊が、この隠れ家を探し出すことはないだろうな。そう思うと、何を考えているかわからなくとも、ベルゼバブではないと言うニックに、協力することも視野に入れた方がいいのかもしれない。

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