第89話 半地下の隠れ家1
ベルゼバブの一員に捕まってから、かなりの時間が経った。どんどん寒くなってきてる。
はじめは、牢に閉じ込められている状態で、食事だけ与えられていた。その間、ストロベリーブロンドの髪の壮年の男が、食事などの世話をしてくれた。
彼はニックと名乗ったが、恐らく偽名だ。何度か、呼ばれたことに気がついていなかったから。
ベルゼバブ幹部であるエアルが隠れ家にいない間に、ニックが色々話してくれた。
エアルがベルゼバブの幹部であること。しかし、幹部と言っても、階級は下の方らしいこと。
ニック自身はベルゼバブの仲間ではないこと。
彼は、トーリと同じ魔力補給の獲物だということ。長い時間をかけてエアルに取り入って、他の獲物になっている人のお世話をしてること。
そんなことを少しずつ教えてくれた。全てを信じているわけではない。
最低限わかったことは、彼には敵意がないということだ。
隠れ家を掃除しながら、ニックが話しかけてきた。
「トーリ君はいくつくらいですか? 成人は?」
「成人したばかりです」
「そうですか。トーリ君は意思の強い子ですね」
成人しているといったのに、子供扱いらしい。
「そうですか? 意思の強い弱いなんて、わかりますか?」
「この狭い牢に入れられて、しっかりとした精神を保っていられるのですから、十分強いと思いますよ」
「僕としては、この状況だけで不本意なんですけどね」
エインスワール隊としては、こんなところに捕らえられている場合ではないだろう。自分の力でエアルを捕らえたいと思っているが、魔力封じの魔道具が厄介で、何も出来ない。せめて抜け出して、仲間を呼びに行きたいのだが……。
「トーリ君の拘束については、申し訳ないと思っています」
「謝るのなら、この魔道具外してもらえませんか?」
「鍵は、エアルが持っているんですよ。あなたへの執着は、普通ではありませんから、難しいんですよ。あなたが大人だと見込んで、頼みがあります。もう少し、付き合ってもらえませんか?」
「それには同意しかねます。ただ、もし質問に答えてくれたら、考えてもいいですよ」
こちらのみ得をする申し出に、ニックは「答えられることなら」と優しそうに目を細めた。
「あなたは何者ですか? それから、ひとつ向こうにいた、男の子はどうしたのですか?」
トーリが来たときには、男の子が一人と女の子が一人いたのだが、男の子はみるみる弱っていって、ついにニックに担がれて出ていった。
「私のことは、詮索しないでください。あの子は、ベルゼバブと関係ない世界に返しました。トーリ君が来てくれたので、エアルに反対されることなく、返すことが出来ました。感謝しているんです。どうも、私の魔力はお気に召さないようなので」
「その子は、返してあげないんですか?」
もう一人残っている女の子の方を見る。
「エアルは、人数を減らしたがらないんです。トーリ君が協力してくれれば、うまくいくかもとは思っていますが。それでも長期戦でしょうね」
エアルが、トーリの魔力に執着していることはわかっていた。魔力食いにとって、好きな魔力がある。エアルにとってのそれが、トーリの魔力だ。
しかも、魔力量は十分。トーリがエアルに全面的に従うことを約束して、それが信じられれば、女の子は解放されるかもしれない。これまでの様子から、それくらいのことはわかっていた。
「エアルに協力は出来ません」
「エアルではなくて、私に協力してくれませんか?」
トーリは、ニックの真意を計りかねていた。
「僕は、エインスワール隊の隊員なんです。エインスワール隊として、悪事に手を染めるわけにはいきません」
ニックは大きく目を見開き、それから、納得したように頷いた。
「まさか、エインスワール隊でしたか。それであれば、トーリ君の信念にしたがって行動してくれて構いませんよ。弱き者を助けるという目的が一致しているのであれば」
弱き者を助ける。
魔法も使えない、武器もない。素手で対抗するにば分が悪い。エアルには二人の手下がいて、一緒に行動していることが多い。
トーリ一人で立ち向かっても、多勢に無勢、丸腰では叶わないだろう。
しかし、ニックが協力してくれるのなら……。
「ニックさんは、魔法を封じられていませんよね? エアルのいないときに、隠れ家ごと吹き飛ばして、全員で逃げるというのはダメなのですか?」
「それについては、申し訳ありません。彼にはまだ、働いてもらわないとならないんですよ」
まったく意味がわからない。
「うぅ」
隣にいる女の子が小さな呻き声を漏らした。
「大丈夫? 痛いところある?」
姿の見えないトーリに、女の子が答えることはなかった。
「大丈夫かい? 少し熱があるね。少し回復してあげるよ」
魔法を使う気配がした。
「ちょっとだけ薬草があるんだ。薬をつくってあげるから、横になっていようね」
そういうとニックは、キッチンへ向かう。
おもちゃのようなナイフを手に、薬草を刻み始めた。
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