第92話 半地下の隠れ家4

「ねぇ、お兄ちゃん。遊ぼ~」

 牢の鍵が開けられてから、女の子と遊ぶようになった。言葉遊びやなぞなぞ、狭い場所でもできる体操などである。

「何して遊ぼっか?」

「じゃあ、体操~!!」


 向かい合って、数を数えながら同じポーズをする。

 バランスを崩して、「きゃははは」と笑い声をあげた。無邪気な笑い声に釣られて、トーリも笑顔になる。



 顔色の悪かった女の子は、みるみるうちに元気になっていき、ご飯もたくさん食べるようになった。


 しかし、これは、ニックの思惑とは違ったようだ。

 元気がないから解放してくれと、エアルに頼むつもりだったらしい。

「作戦変更ですね。どっちにしろ、長期戦なので、大丈夫ですよ」

「どんな作戦ですか?」

 少しくらいなら、協力してもいいと思い始めていた。

「情けないことに、今のところ、完全に人任せです。

 エアルは、エインスワール学園に興味を持っていたでしょう?

 エインスワール隊が、この場所を発見してくれないかと思っているんですけどね」

 それには、エインスワール隊の捜索範囲に入っていなければならない。

「ここから学園都市は、近いんですか?」

 遠すぎると、捜索範囲外になってしまう。トーリは、今いる場所が、よくわかっていなかった。どこかの建物の半地下で、それなりに人が行き交っているということ以外は。

「徒歩で一日くらいでしょうか」

 往復で二日。往復一日以内という捜索範囲から出てしまう。

「そうですか……」

「トーリ君のこともあると思うので、警戒していると思うんですよね。

 それに賭けているんです」


 パーティーメンバーの顔が次々に浮かぶ。トーリがいなくなってしまって、あいつらはどうしているのだろうか。

 トーリ抜きで仕事をしているのは寂しいし、まだ探しているのなら申し訳ない。


「もう! お兄ちゃん、しっかりやって~」

 考え事をしていることに気づかれてしまったようで、頬を膨らませている。

「ごめん。ごめん。

 じゃあ、こんなのは、できるかな??」

 腰を伸ばすように前屈する。

「いてて~。きゃはは」

 楽しそう。


「じゃあ、ぐるっと丸を描いて、こんな風に・・・」

「お兄ちゃん! ちょっと待って!! ここに描いて!」

 鉄格子の近くの床を指差して、「早く! 早く!」と急かしている。

「こんな風にして、こうで、こうで」


 女の子はトーリの指の動きを一生懸命、目で追っている。


「こうやって、こうで」

「え~!! まだ、あるのぉ??」

「そうだよ。でも、魔法だよ」

「ま、ほう~」

 教えているのは『身体強化』の魔法。女の子は、魔法を覚える前に連れ去られてきていて、魔力封じの魔道具をしていない。魔方陣さえ覚えられれば、魔法が使えるはずなのだ。

 エアルに気づかれずに教えるために、魔方陣を紙に書いて渡すわけにはいかない。いざというとき、自分で逃げられるように、最初に覚えるには難しい『身体強化』から教えなければならなかった。



 ガチャン!

 上の階で、扉の開く音が聞こえた。

 続く喧騒。床板が乱暴に開けられた。エアルが顔だけ覗かせた。

「ニック!! お前が来い!! 変な真似したら、トーリはともかく、そいつの命はないからな!」

 上から叫んだと思ったら、「早くしろ」と急かしている。


 女の子の命を盾にされたら、従わざるを得ない。


 騒いでいるエアルに構うことなく、ニックはゆっくりと立ち上がって、身の回りのものを小さなポーチに詰めた。


「はいはい。すぐに行きますよ。

 トーリ君、ここは頼みましたよ。

 何かが、変わるかもしれません」


 トーリの顔をじっと見て、口を動かした。

 "頼りにしている"

 口の動きがそう言っていたが、ニックが何を考えているのか、首を捻ってしまった。



 トーリの知っていることから推測する。

 ニックを連れていくということは、仲間二人の魔力では足りない何かを起こすということだ。

 魔力による戦いでも想定しているのだろうか?

 魔力食いは魔導師に対して、有利に戦えるはずなんだが……。


 唖然としていると、男たちに担がれた小柄な人が運ばれてきた。

 新たに連れてこられた、魔力供給のための獲物。胸くそが悪くなる。

 魔法を覚えていないほど幼くは見えない体型。微かに、鎖の音がしている。


 階段を降りる衝撃で掛けられていた布がずれて、髪がこぼれ落ちた。


 ストロベリーブロンド!!


 ニックと同じ髪色の、・・・。


「こいつを閉じ込めておけ」

 牢の寝台にどさっと下ろすと、顔が露になった。元気が取り柄の可愛らしい後輩。意識を失っている。


「ニーナちゃん!!」

 駆け寄るが、無情にも扉は閉められた。無理に開けようとして、男たちに突き飛ばされる。


 「おい!鍵は?」と騒いでいるが、エアルが持っていたはず。そのエアルは、ニックを連れて出掛けてしまった。

「どうせ、逃げられないんだ。そのままにしておけ」

 鍵を見つけられず、悪態をつきながら上の階に戻っていった。


 扉を開けて駆け寄る。

「ニーナちゃん!! 大丈夫??」

 寝ているだけに見えるけれど、心配で、心配で……。

 肩を強くを揺すった。


 ピクピク目蓋が動き、長い睫がゆっくりとあがった。


「あ、あれ? トーリ先輩?」

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