第8話 基本魔法も地味じゃない

 結界の中に入ると、遠くに移動して背中を向けていた2班の声が聞こえる。

 数人座って休んでいるが、その他は『水』か『浄化』の魔法を練習しているようだ。こちらには背を向けた状態で、魔法の練習を再開し始めた。


「カーシャ先生。『水』の魔法の課題を見てくれますか?」

 イアンの言葉に、少し意地悪そうな顔をするカーシャ先生。

「あら、もうやるの? もうちょっと、苦労してもいいんだよ」

 その言葉に、イアンは即答する。

「いえ。すぐに見てください。ニーナとレインは、良く見ておいてね」

「は~い」

 ニーナの嬉しそうな声が響く。




 イアンはカーシャ先生からグラスを受けとると、右手で円を描き魔方陣を発動させた。


 空中に白く光る、魔方陣が現れる。古代文字だといわれている記号が、綺麗に並んでいる。


「水!!」


 イアンは魔方陣に魔力を込めた。

 グラスの位置を調整して、出現した水を受ける。

 水が注がれる涼しげな音が響いた。


 なみなみと水が入ったところで、右手を閉じて魔方陣を消した。


「カーシャ先生、どうですか?」

「あら~、イアン君だっけ? 文句無しの合格ね」

 カーシャ先生は、拍手をした。


「ぅわぁぁぁぁ~!!」

 ニーナは目を輝かせて、手を叩いた。

 基本魔法は地味だと思っていたけれど、実際に発動した魔方陣は綺麗で、心奪われるものがあった。


 今まで魔方陣を描こうとしても、全く出来なかったが、その理由は魔法を封じる指輪だとわかった。レインと手を繋いだことで、魔力があることも実感できた。魔力があるのなら、魔法は使える。


 自分にもできると思ったら、基本魔法ですら輝いて見えた。


 次にミハナが、そのつぎにユージが、楽々と合格した。カレンだけは、グラスに水がいっぱいになるまで、かなりの時間を費やしたが、合格することができた。


 課題を見てくれたカーシャ先生にお礼をいうと、イアンがニーナ達の方を向いた。

「まずは、魔方陣の練習をしようか」

「はい!」

 嬉しそうに飛び上がり姿勢を正すニーナの、元気な声が響く。


 魔法を使えることに、ワクワクしていた。


 レインもニーナの様子を見ながら、密かに目を輝かせていた。

 今まで、魔力が切れる心配しかしてこなかった。

 魔法が使えるほどの魔力を分けてもらえて、魔法を使っても命の心配をしなくてもよくなるなんて、少しも考えられなかったのだ。

 レインにとっては魔方陣を見るのも始めてだ。レインの家族も、魔力を分けるために、魔法を使えなかった。

 そんな環境で魔法の本を読んだり、魔法について話すわけにはいかない。

 静かに、興奮していた。


 イアンはしゃがみこんで地面近くの魔方陣を展開してくれた。それをニーナとレインが、覗き込んで覚えていく。


 じっくり観察したり、指で地面にかいたりして覚えていると、カーシャ先生の声が響いた。


「あら、あら、あら、もう魔力の残りが僅かだわ~。今日はもうお仕舞いよ」

 そういうと、結界を消してしまった。


 結界の維持には大量の魔力が必要らしい。


 生徒を練習場から追い出したら、就業時間までゆっくりするのだと、お湯を沸かし始めた。

 お湯を沸かすための魔力は、残っているようだ。

 2班が、もう少しやらせてくれと食い下がっていたが、全く聞く耳持たずだ。




 練習場から追い出されてしまったので、ミーティングルームに戻るしかない。


「あっ、俺、ちょっと用事があって、夕飯の時に寮の食堂集合でいいよな」

 そういうと、ユージが別行動を始めた。


「ユージ、行っちゃったね」

「まぁ、『水』の魔法もすぐに使えたし、『浄化』も問題なく使えるのかも。大丈夫でしょ」

 イアンは気にしていないようだ。

 確かに同じ班だからといって、ずっと一緒に行動しなければならないなんて決まりはない。

 それでも、何となく寂しい気持ちで、ユージの後ろ姿を見送った。


 ミーティングルームに着くと、棚に置いてあったノートに魔方陣を書き付けて、レインと必死で覚える。

 その間にカレンはミハナから、『浄化』の魔方陣を教えてもらっていた。

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