第128話 それぞれの事情

 朝から照りつける太陽に顔をしかめていると、怒鳴り声が聞こえて足を止める。朝から暑いのに、あんなに叫んで、疲れないのだろうか。


「おい!! お前ら、いつまでも調子に乗るなよ!! 特にお前!! 魔力食いだろぉ~!?」

 小太りのおじさんが、事務所の前でわめき散らしている。レインがエインスワール隊になったことが、気に入らないらしい。

「今日はおじさん一人?」

 いつも一緒にいる、背の高い無口なおじさんが見当たらないのだ。

「お前らには関係ないだろ!? そんなことより、犯罪者予備軍が、エインスワール隊になれちまうことの方がおかしくないか?? 世界一の冒険者集団だったと思うが、エインスワール隊も、たいしたことねぇなぁ」


 このおじさんは何をしに来ているのだろうか。嫌な気持

ちにさせて、辞退させようとでもしているのだろうか。


「おじさん、じゃあね~」

 おじさんの隣を滑るように通りすぎて、ダンジョン事務所のお姉さんに、エインスワール隊の紋章をみせる。


 この紋章は一人前の証。今までのように荷物のチェックをしなくても通過することができる。さらに学生のときのように、ダンジョンにいた日数と同じ日数の休憩も必要なくなった。ただし、自分達で考えて休みを取らなくてはならない。


 お姉さんは、「いってらっしゃい」と中に入れてくれた。


「とにかく、4階に行こう」

「エメラルドスネークだな」


 これから、お金の稼げる魔物を狩りまくるつもりだ。

 ワイバーンやドラゴンの素材を売っていくらかのお金は手に入れたのだが、全然足りなかった。

「さぁ、行こう!!」

 3班にとって、エメラルドスネークなど敵ではない。

 どちらかといえば、エメラルドスネークを見つけるまでと捌くのに、時間を取られてしまった。


「次は、ダイヤモンドスネークだね」

 8階に向かおうとして、その途中、5階の階段に辿り着いたところだった。

 階段の前にテントが一つ建っていて、誰かが外に座っている。

 イアン班が近づくと、その人物が立ち上がった。


「待ってくれ」

 よくよくみると、背の高い方のおじさんだ。

「ここにいたんですか? もう一人のおじさんは、入り口にいましたよ」


 今日も飽きずにイアン班についてきたが、4階につく頃にはいなくなっていた。


「今日もいたのか。ここまでは来ないだろうと思って、ここで待っていたんだ」

 いつものように手ぶらではなく、台車に色々な荷物が乗っていた。

「何日、ここにいたんですか?」

「3日くらいかな。お前らが、結構な頻度でダンジョンにいるって聞いたから、それくらいなら俺でも待っていられると思ってな」


 頻繁にダンジョンに潜るのは、お金を稼がなければならない事情があるからだ。


「んで、おじさん、今日はどうしたんですか?」

 小太りのおじさんは、今日も相変わらず会話が成り立たなかった。


「お前、レインとかいったな。魔力を感知できるんだろ? 例えば、森の中に誰かが隠れていれば、わかるってことか?」


「そうですね。ある程度の距離までに限られますし、人かどうかは断定できませんが」


「それならば、頼みがあるんだ」

 大きく頭を下げる。


 カレンが腰に手を当てた。

「おじさん、ちょっと都合がよすぎるんじゃないかしら?」


 小太りのおじさんがレインを非難しているとき、同じような表情で横に立っていたのだ。それで、自分は口に出していないから、レインを非難したわけではないなどと言うのではなかろうか。


「すまない。それは重々承知の上だ」

 背の高いおじさんは、眉を下げて謝った。


「話だけ聞いたらどうだろうか。やるかどうかは、別ですが」

 おじさんも謝ってくれているので、聞くくらいなら異論はない。

 おじさんは、拝むように両手を合わせた。

「すまない。感謝だ!! 頼みというのは、お嬢様を助けて欲しいんだ」


 キョトンと首をかしげるイアン班に、おじさんは必死で説明し始めた。

 お嬢様とは、おじさんの雇い主のお孫さんらしい。


「うちのお館様は、元々は、そこまで魔力食いを悪くは思っていない優しいお方だ。貧しいものに分け与えるのが富むものの勤めと、食料や小銭など恵むような人だ。俺も昔はやんちゃしてたんだが、困っているときに用心棒で雇ってくれた」


 おじさんは、遠い目をする。


「馬車が襲われたんだ。息子夫婦と孫娘乗っていた。護衛を含めて大人の死体は、馬車の近くにあったんだが、お嬢様だけが見つかっていない。やり口がベルゼバブだとよ。ベルゼバブは、幼子を誘拐するんだろ?」


 ニーナはエアルの隠れ家に閉じ込められていた女の子を思い出す。


 ベルゼバブの魔力食いは、魔力を奪うために幼子を狙う。この国で、魔法を全く使えないのは幼い子供だけだからだ。魔法の使いかたを知らなければ、閉じ込めておくのが容易だ。

 ニーナを閉じ込めておくために使った、魔法封じの魔道具は、普通には手に入れられない。

 凶悪犯を捕らえるために使われているので、ベルゼバブは囚人を殺して奪うことで手に入れているようだ、しかし、凶悪犯が牢から運び出されるなんてことは滅多にないし、厳重に警戒されている輸送中を狙うのは、いくらベルゼバブとて、リスクがともなう。

 だから、幼い子供を誘拐して、監禁することで、必要な魔力を補っている。ここ十年くらいに、数人の子供が解放され、わかったことだ。


「お館様は、人が変わっちまった。ベルゼバブのみではなく、魔力食いですら、憎んでいる。俺は、お館様のためにベルゼバブについて調べたんだ。このまえ、学園生が助け出されたとき、小さな女の子も助け出されたよな? それで、お嬢様が生きてる可能性があるんじゃねぇかって思ってな」


「あの、一つだけ聞いてもいいですか?」

「あぁ、もちろん」

 ニーナの真剣な面持ちに、おじさんが唾を飲んだ。

 お嬢様は助けてあげたいが、変に声をかけては期待をさせてしまう。万が一のときには、期待した分、落胆が大きくなってしまうから。

「お嬢様は、魔法を覚えていましたか?」

「いや、それが、まだなんだ。こんなことなら教えておけばよかったって、皆、後悔してた」


 イアン班、全員、思っていることが顔にでないように表情を引き締めた。

 魔法が使えないなら、生きている可能性が高い。魔力のためには、生きていなければならないのだから。

 可能性が高いというだけで、絶対とはいえないのが悲しいところ。それに、まともな生活ができていないかもしれないが。


「レイン。できるか?」

 イアンが気遣うように、レインの顔を覗き込んだ。

「うん。僕たちが移動したりするときに、怪しいところがあったら調べてみればいいのかな?」


「やってくれるか?? お嬢様が襲われたとき、馬車はガジェット鉱山の辺りを、王都に向かって走っていたんだ」

 おじさんが、すがるような視線を向けてくる。

「エインスワール隊が隠れ家の捜索はしたんですよね? それでも見つけられなかったってことは、絶対に見つけるなどの約束はできません。でも、気にかけておきます」


「おぉ、それだけでも違うと思うんだ。この前の誘拐を解決したのは、お前らなんだろ? だから、お前らが味方になってくれたら、心強いよ。お館様は、いまだに魔力食いにも否定的だがな。本当は、悪い人じゃないんだ」


 おじさんを5階に繋がる階段まで送り届けてから、神妙な面持ちで8階へ向かった。

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