第106話 最後の冬期長期休暇2
食堂に入ってきたユージが女将さんに問いかける。
「今、何ができる?」
女将さんは、メニュー表を見ながら答えた。
「今なら、何でもできるね」
「んじゃあ、俺、カレー3人前。皆は何にする?」
イアンが答える。
「じゃあ、俺はカレーと煮込みハンバーグと香草焼き。それぞれにご飯をつけてください」
「ちょっ、ちょっと、待った!! あんた達一人、三人前ずつ食べる気かい?」
体の中の魔力だって、自然と産み出されているものではない。魔力の元は、取り込まれた食事だ。今日は長い距離を移動してきたので、魔力の消費も激しい。魔法を使わなければ、段階を経て普通の食事量に戻るのだ。
「兄ちゃん!! あの、斧ぶん回す魔法を教えてよ」
弟たちが、学園生を取り囲んだ。食事をしていた、宿泊客も、何となく注目する。
「身体強化な」
ユージは紙を取り出し、サラサラと魔方陣を描き出した。
「ほら」と渡された弟達は、その魔方陣を凝視している。
「この前教えてもらったやつより、なんか細かい……」
弟たちは簡単そうにやるニーナを見て、すぐにでも習得できると思っていたのだろうが、身体強化の方が難しいのだ。
注目していた宿泊者は、大半が冒険者。魔法を覚える苦労は知っている。弟たちを暖かい目で見ているものがほとんどだった。
「兄ちゃん、他に便利な魔法ってある?」
「そうだな『熱』の魔法は、覚えたのか? 暖炉に火をつけるときも便利だし、スープの温め直しだってできる。それに、料理の時だって、欠かせないんだから・・・」
上の弟は大きなため息をついた。
「兄ちゃん、俺、宿屋になりたいわけじゃないんだけど……」
「じゃあ、何のための魔法だよ?」
ガバッと下を向いて、もじもじしている。ユージもじっと待っているので、食器の音だけが響く。
見守っていた宿泊者のほとんどが、興味を失ったころ、ボソボソと話し始めた。
「冒険者になって魔物を倒すんだ。そうしたら、肉、たくさん持って帰ってこれるだろ?」
弟たちは冒険者になってダンジョンに入るつもりらしい。そこでとれる魔物を、宿屋に持ち帰り、料理して提供する。食材の費用は大分浮くだろう。
「冒険者になるって言うなら、『熱』の魔法はやっぱり必要だぞ。泊まりがけになったら、料理もできるしな。でも、一番いいのは、基本の魔法は、すべて覚えることだ。組み合わせ次第で、何でもできるぞ」
冒険者達が、それが難しいんだよな~っと、遠い目をしている。
二人とも、「えー」っと唇を尖らせた。
次の日、ユージたちは、魔物の解体。それから薪作り。
それが済んだら、街の屋台や店を見てまわっている。調味料を大量に買っているようだ。
それに様々な店の、ランチを食べに行っている。
あいつら、何をしているんだ?
ちょうど、レストランが出てきたところに、バッタリ出くわした。
「あっ、ダンテさん」
「何、食ってきたんだ?」
ダンテも、稼いだら行ってみたいと思っていた、高級店だ。
「豚肉の香草焼きですよ。他にも、豚肉料理を何点か」
「豚肉が好きなのか?」
あんなにたくさんの魔物を持ち帰っておいて、実は、豚肉が好きだとしたら、意外というか、何というか……。
「豚肉料理なら、ツノイノシシでやったらおいしいかなって思ったんですよ。実際にやってみないとわからないんですけどね。この店で使っている香草は、今から探しに行こうかなって思っています」
「ツノイノシシか?? あぁ。あの、でかいやつな」
「そうです。俺たち、ダンジョンに5泊くらいはするんです。肉は傷むじゃないですか? だから、現地調達なんですよ。おいしく食べられる魔物については、随分と詳しくなりましたよ」
初級冒険者のダンテは浅い階層にしか潜ったことはない。せいぜい3階までだ。日帰りで十分だ。
たしか、ユージ達は、『身体強化』でずいぶん早く移動できたはず。それなのに、宿泊するほど深いダンジョンに潜っているのだからエインスワール学園、いや、エインスワール隊って恐ろしい。
今回、様々な魔物を持って帰ってきたのにも、理由があったらしい。
ダンジョンでよく食べる魔物を持って帰り、料理上手な女将さんに調理してもらいたかったのだと。ダンジョンでは不可能な調理法もあるかもしれないが、逆に、ヒントになることもあるかもしれない。
ダンテは、ただ、ただ、感心してしまった。
「そういえば、今年は、先生、ついてきてないのか?」
「あぁ、カイト先生は休みです。久しぶりの長期休暇なんで、お子さんと旅行にでも行っているんじゃないかな~」
「でも、今までは一緒にきていたのに……」
首をかしげるダンテに、イアンが説明する。
「カイト先生は、ベルゼバブを警戒していたんですよ。俺たち、6人で行動していれば対抗できるってことで、やっと休みが認められたんです。その代わり、絶対にまとまって動くように言われているんですけど」
隠れてついてきてくれていたソーヤもいない。二人とも二年半ぶりのまとまった休暇だ。
こいつら、ベルゼバブにも対抗できるのか……。
ダンテは、考えることを放棄した。
ユージ達が学園に戻る日。
「兄ちゃん、帰るの早いよ!! 基本の魔法、まだ教えてくれていないだろ??」
上の弟が騒いでいる。
「ほら、これやるよ」
ユージは紙の束を取り出した。
弟たちは、目を輝かせて紙をめくる。一枚ずつめくっていくと、表情は暗くなっていった。
「兄ちゃん、ふざけてるぜ。何にも書いてねぇじゃんか」
「ダンジョンの近くに事務所があるだろ? ダンジョンには入れなくても、事務所にだったら入れるのは知ってるか?」
弟二人は、首を振った。
「今度、行ってみろ。古いけどな、魔方陣がのっている本があるから。それから、宿屋には冒険者が多いんだ。お客さんに教えてもらえ」
「え、えぇ~」
弟たちの抗議の声は、思ったより大きくなかった。
こいつらは、こいつらなりに、大人になって自立しようとしているんだ。
ダンテは、弟たちのことを認め始めていた。
「ダンテさん。俺、もう来年は帰ってこれないんですよ」
薄々、感じていたことだ。ユージは学園の最終学年だから、来年はエインスワール隊になるのだろう。
「そうだな」
改めて言われると、寂しさが込み上げる。
「でも近くのダンジョンに来ることもあると思うので、また会いましょうね」
ユージが大人に見えた。
「母さん、近くにきたら、寄るよ。その時は泊めてくれよ」
女将さんは涙ぐんでいる。女将さんに隠れて、宿屋の主人も男泣きだ。
ユージの成長が嬉しいのが半分、寂しいのが半分。
ユージが帰ってしまった宿屋で、「あの子は、私の自慢の息子だよ」と、涙を見せていた。
本人の前で言ってやればいいのに、素直ではないのだ。
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