第57話 初ダンジョン1

 日陰に残っていた雪が完全に溶けたころ、ニーナ達はダンジョン事務所の近くにいた。


「先生、遅いね~」


 ダンジョンには一緒に行けないと言っていたではないか。何故、集合しないといけないのだ?


「あれぇ~?? 3班じゃないか?? やっと、ダンジョンに来るようになったんだなぁ~。ずいぶん遅いなぁ~。まだ、一階だろ~。まさか、一階で尻尾を巻いて逃げ出したりして~。がはははは」


 マシュー以外は遠くから、眺めている。マシューの言葉には慣れたとはいえ、気分はよくない。それでも言い返せば、さらに言い返してくるので、大人しくしていた方が懸命だ。


「なぁ、ダンジョンにはいったら、ミハナを寄越せよ」


 黙ってやり過ごそうとしていたのだが、ミハナだけを標的にするのなら、その限りではない。

 ニーナが拳を握りしめた。


「はぁ~!? ありない!! 絶対に嫌よ!!!」


「うるせーなぁ。ちぃび!!」


 「けっ」と、言い捨てるとマシューは戻っていった。

 1班が集まっているところに、バルド先生が到着したようだ。


「私にしか、敵わないと思ってるんだ。弱虫」

と、ニーナが眉をしかめると、ユージがわざとらしく呆れる。

「何で、敵うと思ってんだか」


「ダンジョンに入るの、ちょっと待とうか」


 カイト先生が来ていないのがちょうどいいくらいだ。1班と同じタイミングで入ったら、また絡まれそうである。


「悪い、悪い」


 カイト先生が、小走りに近づいてきた。


「先生、おそい~」

「奥さんと仲がいいのも考えものね~」


「カレン、お前なぁ~」


 朝からマシューに絡まれて、小さな八つ当たりだったのかもしれない。


「あら。それとも喧嘩でもしたのかしら?」


「もう、なんでもいいよ」

 カイト先生は、がっくりと肩をおとした。


「ダンジョンで何かって、何をどれだけ狩ってきてもいいんですよね」

 イアンが、課題について確認し始めた。


「あぁ、ただし、一階から先には行くなよ」


「はぁ~い」


 1班が、事務所で受付をしているのを横目で見ながら、しばらく時間を潰す。

 1班との間に、何組かの冒険者グループを挟んでから受付をした。

 事務所のお姉さんは、装備がすべてエインスワール印で揃っているか、入念なチェックをしてから「いってらっしゃい」と送り出してくれた。




 ダンジョンの入り口をくぐり、階段を降りていく。


 目の前には一面の草原が広がっていた。

「わぁ~!!」

 ユージを含め、思わず感嘆の声が漏れる。


 心地よい、そよ風が髪を揺らし、思いっきり息を吸い込んだ。地下だというのに、抜けるような青空が広がる。


「じゃ、お前ら頑張れよ」

 カイト先生は見送ってくれた。


「何がいるかな?」


 奥へ向かってまっすぐ進む他の冒険者の背中が、小さくなっている。特に魔物がいるようには見えないが、ニーナ達はこの階で魔物を探さなければならない。


「じゃあ、手分けして探そうか!」

「僕、ニーナと行くよ」


 レインの手をとって、弾むように奥へ進んでいく。


(お前ら! ダンジョン内だからって、別行動するなよ!)


「なんか、空耳が聞こえた」

「気にすることないよ。ニーナと二人きりになれて嬉しいな」


「へ? レインったら、そんなこと言って~。あっちに沼?? かな?」

 淀んで濁った、大きな水場。

「そうだね。何かいる気がするな」


「わかるの?」


「魔力が濃いところは何となくだけどね。沼の中に何かいると思うよ。僕がおびきだそうか?」


「え?? いいの?」


 レインは、嬉しそうに「もちろん」と言うと、『熱』の魔方陣を発動する。


 ニーナが、『身体強化』をかけ、大剣を抜き構える。


 レインが沼に向かって、魔法をうちはじめた。


 ジュボ!!


 水が蒸発する音が響く。


 水面が波打ち、水中を何かがこちらにむかってきている。


 平たく細長い、黒いものが姿を現した。


 クロコダイルだ。ニーナの身長の二倍ほどもある。


「レイン!! 今日はクロコダイルのステーキだね!!」


 ニーナが走り出す。

 口を開けて威嚇するクロコダイルを飛び越えて、鳥が舞うように宙返り。後ろから首もとをなぎ払う。


 その間も、レインは沼の中に向かって魔法を連発していた。


 ゾロゾロと、陸に上がってくるクロコダイルに、ニーナの瞳が輝く。重さを感じさせない軽やかなステップで、大剣を振るう。

 舞うように戦うニーナの姿に、レインは釘付けになっていた。

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