第47話 都会って……?

 ダンテがダンジョンから戻ってくると、宿屋の食堂は暖かかった。

 弟二人は、ユージが帰ってくるとわかってから、薪を節約するということは頭から抜けてしまったようだ。

 女将が、何度も薪を拾ってきなさいといっているので、残りはどんどんと減っていることだろう。



「おい、ダンテ。お前、ユージのこと可愛がっていたよな?」


 この男も俺と同じ、出稼ぎ組だ。毎年、顔をあわせている。


「あぁ。エインスワール学園から、どれくらいかかるんだろうな?」


 ダンテは想像してみたものの、行ったことがない場所では、遠いだろうと思うばかりで、具体的な日数などわからなかった。


「旅商人に出会ったから聞いてみたんだけど、大人の足で七日間。子供だと十日間だってさ」


 手紙が届いたのは、五日前。その日に長期休暇が始まったらしい。つまり、まだ到着しないということだ。まして、長期休暇の初日に出発したかもわからないのだ。


「まだまだってことだな」


「俺はな~、ユージに会いたいんだが、この調子で薪がもつのかねぇ~」


 この男も薪のことは気にしていたらしい。

 弟二人は、ストーブの管理には慣れていないので、部屋を暑くしすぎることがある。文句を言われて、窓を開けて空気を入れ替えているのだが、今度は寒くなりすぎて薪をどんどん足す羽目になる。

 つまり、薪を無駄にしているのだ。


「ユージが来るまで待っていたいんだが……。そろそろ、潮時かなって。実は、裏の薪置き場を見てきたんだが……」


 男は何も言わずに首を降った。

 それが表すのは、残りがないということだろう。


「はぁ~」

 大きなため息をついて立ち去った男の背中を見ながらボーッとしていると、遠くからユージを呼ぶ声が聞こえてきた。


(あぁ、ついに幻聴が聞こえたか)


 ダンテは、頭をふって借りている部屋に戻ろうと思っていると、今度こそはっきりと聞こえてくる。


「ユージ~!! どこの宿屋??」


「ニーナ!! 走るな!! ………こっちだ」


 ガヤガヤと賑やかな話し声が近づいてきて、宿屋の扉が開けられる。

 ダンテのいるところからでも、大人っぽくなったユージが見えた。


 身長も延びて、逞しい体つきに、生還な顔つき。

 ここらの冒険者なら、対峙しただけで青くなるのではないかと思われるくらいの迫力。


「こんにちは~」


 ユージの前にいる小柄な女の子が元気に挨拶をした。

 からだのサイズに似合わないほどの大きな荷物を背負っている。


「母さん! 突然ごめん。手紙は届いたかな?」


「届いているけど、早くないかね? 最後まで授業は出ていたんだろうね?」


 いつ出発したんだ?と疑われているようだ。


「エインスワールは、授業とかそういう指導方法じゃないから。でも最終日までは学校にいたよ。ここまでは、走ってきたから」


(は、は、は? 走ってきた??)


「は、は、は? 走って??」


 女将さんが同じ反応をしていることに、ダンテは腹を抱えて笑いそうになった。


「んで、荷物おいて、汗を拭きたいんだけど、どこの部屋使っていいの?」


「あぁ、一番奥の二部屋だ」


 その部屋が寒いことなどユージはわかっているだろうに、何もいうことなく友達を案内していった。女将さんの隣を通るときに、それぞれ挨拶をしていったが、みんな明るい子達のようだ。


 一人だけ大人が混ざっていないか??


 それぞれ着替えて降りてくると、一つテーブルに集まっておしゃべりを始めた。


 大人は、先生と呼ばれている。その先生は、女将さんに前金と思われるものを渡していた。

 受け取った女将さんが「ひぃ~!」と言って青くなっていたので、どれだけの金額渡したのだろうか?

 少なくとも、手伝いをさせるには忍びない金額だったのだろう。ユージが宿屋を手伝おうとしたら、

「お友達にメニューの説明をしておやり」

と、追い返していた。


 ストーブの管理だけは、ユージがやってくれたので、暑すぎず寒すぎず、心地よい食堂に長居してしまった。

 賑やかな話し声に楽しくなってしまい、いつもは飲まない酒を注文してしまったくらいだ。




 次の日の朝、ユージが起きてくる前からストーブには火が入っていたので、弟たちがやったのだろう。

 昨日、女将さんにさんざん言い聞かされていたので、仕方がなくやったというのが正しいのかもしれない。

 今日は、ダンジョンに行かずにユージの様子を見ようとのんびりしていると、四人揃って降りてきた。黒髪の男の子の手を引いているようだ。

 朝御飯をもらいにくると、直接手渡そうとする女将さんに、その男の子は、

「一度、置いて欲しいです」

と言う。

 女将さんは首をかしげたものの、テーブルに置くと、

「ありがとうございます。いただきます」

と、礼儀正しくお辞儀をすると、朝御飯のプレートをもって席に戻っていった。


「ニーナ達遅いね~」

「あぁ、また支度に時間がかかっているんだろ?」


 そんな会話が聞こえてきた頃、女の子達が降りてきた。

 明るい話し声と共に、一気に食堂が華やぐ。

 三人ともきれいな色のワンピースに身を包み、膝上まであるブーツを履いている。髪もきれいにセットされて、唇にも紅を指していた。


(昨日の格好は何だったんだ?)


 あまりに都会的な出で立ちに、開いた口が塞がらない。


(昨日のは、旅装束だったんだな)


 盗賊などに襲われないためにも、敢えて地味な格好で旅をして来たのだろう。よくよく見れば、男の子達の服装も派手ではないが上質なものだった。

 それは、ユージもだ。


 ダンテがエインスワールに入ると違うものなんだなと思いながら見ていると、

「ニーナ、可愛いね」

 流れるような褒め言葉が聞こえた。


(まさか、挨拶の代わりか?)


 ニーナと呼ばれた少女は、くるりと回ってエヘヘと笑う。


「ほら、いつまで待たせるの??」

 大人っぽい女の子が、腰に手を当て頬を膨らませる。

「んぐ。今日もいつも通り、きれいだな」

 ユージが、一度詰まって回りに視線を向けたものの、照れたように誉めた。


(はぁ~?? ユージぃぃぃ??)


「三人とも、よく似合っているよ」

 銀髪の子も、恥ずかしげもなく微笑む。


(都会って、そんなところなのか??)


「さっき、見てきたら、薪は今日の分くらいありそうなんだ。だから、まずは、食料調達かなって思うけど、寒くないか?」

 朝御飯を運んできたニーナに話しかけている。


 たしかに、スカートでは寒いだろう。そんな格好で、食料調達はできない。そう思った、冒険者は多いだろう。


「大丈夫!!」

 そう言うと、スカートを捲りあげる。


 ダンテは慌てて視線をそらせた。視線をさ迷わせると、幾人かと目があってしまったので、同じように慌てたものが多かったのだろう。


「おい! ニーナ。はしたないぞ」

 先生が指摘すると、「はぁ~い」と可愛らしい返事が聞こえた。


「ちゃんとズボンも履いてきたんだな。それなら暖かそうだ」


(ええええ!!! ユージ?? お前は、スカートの中を凝視したのかぁ??)


「狩り、楽しみだな~」


(待ってくれ!! 女の子って、狩りとか嫌いなものじゃないのか??)


 嵐のような学園生の威力に、まだまだ気づいていない。

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