第146話 国境のダンジョンの9

 魔物をなるべく避けて進むようになれば、事務所に着くのは早かった。


 魔物の数は相変わらずだが、こんなときもレインの魔力探知が役立つ。魔物に遭遇しそうにないところを選んで進む。立ちふさがれたときだけ戦い、そうでなければ全力で逃げる。台車にのせられた3人組は、『身体強化』を使った疾走に目を回していたが、意識を失っていようと、台車にのせられているだけで、事務所まで強制的に連れられてくるのだ。


「すみませ~ん」

 事務所の中には、人がいない。

「すみませ~ん!!」


 冒険者の出入りが多い時間ではないが、事務所には誰かがいなくてはいけないはずだ。トラブルに対処するのが、事務所に詰めたエインスワール隊なのだから。だから、複数人で交代できるように人が配置されているのだが、たしか、一人しかいなかったので、朝御飯でも食べに行ってしまったのだろうか。


「ちょっと、待ってみるか?」


「あらら、戻ってきていたのかね」

 かなり疲れた顔で、事務所のおじさんが戻ってきた。

 台車にのせられた3人組をジロジロと見ている。


「おい!! エインスワール隊っていうのは、こんなに理不尽なことをするのかよ!! こいつら、俺らはなにもしていないのに、拘束したぞ!!」


 台車にのせて見張っていただけで、拘束などしていない。班のメンバーと同じ食事も振る舞われた。


「どこが、拘束されているのですか?」

「これが証拠だ!!」

 手に持ったロープを差し出す。

「なにもしていないのに縛られたから、自分達でこっそりほどいたんだ!!」


 それが本当なら器用なことだが、3人組が握っているロープはイアン班の持ち物ではなかった。


 荷物は台車にのせて浮かせてしまうので、ロープで固定する必要がない。テントの部品にロープはあるが、それとは見た目が違う。


「タグル?? それは、本当か?」


 その名前に聞き覚えがあった。国境の町に着いてすぐに入った店で、ダンジョンのことを聞いたときに出た名前だ。


「あぁ、こいつら、本当にエインスワール隊か? 隊員だって、脅してきてよぉ!!」


「あぁ、残念ながら、本当にエインスワール隊だ。まだ、なりたての新人なんだ。正義感が強かったのかもしれない。許してやってくれ」


 事務所のおじさんの話し方では、タグルの言葉を信じているようだ。


「ちょっと、待ってください。彼らは切りかかってきたんです」


「そんなことするわけないだろ? お前らの勘違いだろ?」

 タグルが「はぁ~??」と、大袈裟なほど驚いた。


 エインスワール隊だと明かしたら逃げていったので、切りかかって来たのは一度だけ。誰かが怪我をしたわけではない。

 口では、冒険者狩りをしていると言っているが、証明することができない。


「どっちが正しいのかわかりません。その場に他の冒険者はいましたか?」

 おじさんは、困った顔をする。


「いません……」


「だから、こいつらのでっち上げだって!! 俺らが、余所者だって言ったから、犯罪者だと思い込んだんだよ!!」


「この町は国境が近いですからね。国外からの冒険者も、歓迎しています。王都の近くに住んでいたあなた方からしたら。外国のかたは珍しいかもしれませんが、差別はよくないと思いますよ」


 おじさんは、完全にタグルの話を信じるようだ。


「まぁ、新人さんのパーティでは勘違いというのもあるかもしれませんね。今回は、本部には厳重注意で送っておくので、大事にはなりません。これから気を付けてください。タグルさんも、彼らは新人なので、怪我がないのでしたら大目に見て上げてください」


 黙っている間に、タグル達の言い分がとおり、イアン班が正義感から勘違いをしたことにされてしまった。

 タグルたちは台車から立ち上がると、事務所から出ていこうとする。


「あっ!! ちょっと、待って!!」

 ニーナが呼び止めた。このまま帰してしまっては、どこかに逃げてしまいそうだ。

「悪いな、嬢ちゃん。俺らも暇じゃないんだ」


「そういう問題じゃなくて!!」

「はぁ?? 証人はいるのかって言ってんだよ!?」

「いないけど、やったことは変わらないでしょ!?」


 大人しく捕まったのは、言い逃れができることを想定していたのだろうか。


「これって、いくらになりますか?」

 ニーナが、タグル達に食って掛かっている間に、イアンは大量の魔石を見せる。


 今は、魔石を売るよりも、タグル達を止める方が先決ではないか?


「このダンジョンのレートだと、すごく安くにしかならないんだ。他の場所で売った方が得だよ」

「値段だけ教えていください」

「う~ん。そうだね~」


 おじさんが出した見積もりは、イアン班の7人では、安宿にも泊まれないくらいの値段だった。

 他のダンジョンで売った場合の、1割ほど。小さな魔石しかなくても、量がとんでもないのだ。大きさが小さいとはいえ、庶民か買いやすく、普段の生活で使っているので、需要が高い。値崩れしにくいものだった。


「そんなに安いんですか」

「あぁ、各ダンジョンにレートはあるからね。君らなら、他の事務所に持ち込んだ方がいいだろうね」


「あぁ!! ちょっと待って!!」

 ニーナがタグル達の背中に向かって叫でいる。色々な理由で留めておきたかったようだが、限界だった。


「もういいだろ? 次から、気を付けろよ!!」


 ダンテを先頭に事務所を出ていく。

「ニーナ、大丈夫」

 レインがニーナの肩に手を置く。


「お前ら、なんだよ!!」

 事務所の外で声があがった。

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