第67話 睨み合い

 湯気の上がるシチューにスプーンをいれる。大きなお肉は、ホロホロと崩れた。ちぎったパンで、そのソースを掬って口に運ぶと、デミグラスソースのいい匂いが広がる。

 

「おいしい~!!」


 今日のお昼は、クロコダイルのシチュー。


 ゴロゴロと肉が入っていて少し贅沢なのは、きのう3班が差し入れたからだ。






「クロコダイル、食べた~い。それも、お腹いっぱい!!」

「ニーナは、料理できないじゃない?」

「そうなんだよ!! どこか、食べに行けばいいかな? おいしいお店、知らない??」


「クロコダイルは、結構珍しいぞ。美味しいけど、上級ダンジョンに入る冒険者にはお金にならない魔物だし、沼の中から出てこない。向かってこないから、わざわざ倒す必要ないからな」

 小さい頃から学園都市にすんでいるイアンが、難しい顔をした。


「え~!! あんなに簡単に倒せるのに?? 帰りに、ちょちょっと狩ってくれば、済む話でしょ~!」


「ダンジョンによっては、クロコダイルを狙っている冒険者もいるんだろうけど、このダンジョンは中級以上の冒険者が多いからな~」


 ダンジョンの整備が行き届いていて、魔物以外の危険が少ない。町の雰囲気もいいが、物価も高い。


「そんなに言うなら、ニーナが、ちょちょっと狩ってくればいいんじゃないかしら?」


「でも、私、料理できないよ~。誰かできる??」


 自然とユージに視線が集まったが、

「俺は、焼くしかできない」


「食堂にお裾分けして、メニューにしてもらったら?」


 メニューと別に焼いてもらったことはあるのだが、メインにプラスして作ってもらうので、手のかかるメニューは無理だ。自然と焼きの一択になってしまう。


「そっか。リサさんに聞いてくる」


 寮母のリサさんに提案すると、翌日のメニューなら変更できるというので、ダンジョンの帰りにクロコダイルを十匹狩って、尻尾肉だけ持ち帰ってきた。


 尻尾の山盛りに、リサさんが目を丸くしていたが、ちゃんとシチューにしてくれたらしい。


「おい!! お前ら、いい加減にしろよ!!」


 青筋を立てるマシューに、3班の座るテーブルが叩かれて、お皿が小さく跳ねた。おいしいシチューが台無しだ。


「お前ら、エメラルドスネークを倒したなんて、嘘ばっかり!!」


(スワンを置いて、逃げていったのはそっちだよね?)


「いや、3班は、僕を助けてくれただけで」


 スワンは3班と昼食中だったのだが、弁明してくれようとしている。1班の他のメンバーは、全然違うところにいるらしくて、姿が見えない。


「どうせ、3班にベッタリくっついている、カイトって先生が助けたんだろぉ??」


 残念ながら、カイト先生は、用事があると不在だ。


「そんなわけ……。確かにカイト先生はいましたけど」


「やっぱり!! 変だと思ったんだよ。俺らでも苦労した魔物を、3班が倒せるわけないんだ。お前ら、最近、先生を使って、エメラルドスネークを狩って、俺らの邪魔をしているだろ?」


 確かに、エメラルドスネークを倒したことは間違いない。カイト先生を頼った訳ではないが。

 カイト先生は、近くで見守っていることが露呈してからというもの、見える位置にいることがある。ただ、まったく手は貸してくれないが。


「それに、ミッシングウルフも、先生にお願いしたんだろ!?」


 先輩達はマシューの言い分に呆れた表情だが、後輩たちは興味津々だ。


「まさか! 先生が助けてくれないのは、マシューだって知っているでしょ」


「お前らが、そんなに早く、ミッシングウルフを探し出せるわけがないんだ!!」


 ミッシングウルフは、隠れるのが得意な魔物だ。

 倒すよりも、探す方が大変なのだ。

 だから、レインの魔力探知に頼った。魔物がいる方向くらいはわかる。何がいるかはわからないので、近づいて確認。ミッシングウルフでなくとも、魔力探知の障害になるので、魔物は倒す。

 そんなことをしていたら、エメラルドスネークを三匹ほど倒してしまった。


「それで、俺たちの邪魔を!!」


「そんなわけ、あるわけないじゃん」

 もう、呆れて、言い返す気もなくなってきた。


「はぁ~?? うっせぇな!! ちび!!」


 この状況をどう終息させたらいいのかと思っていると、足元からゾワゾワと冷気が漂ってくる。


「うわ!! なんか、さぶ!!」

 マシューは腕をさすると、何が起こったのかと、辺りを見回した。怒りに満ちた、ダークグリーンの瞳と目があう。


「お、おま! もしかして!! お前!! ベルゼバブの仲間だな!?」


 魔力食いならベルゼバブという、間違った認識をする人がいることは確かだ。

 レインは、魔力食いだが、決して犯罪集団の仲間などではない。

 それに、エインスワール学園にいて、そんな片寄った捉え方をしていることに、3班だけではなく聞こえていた学園生までもが驚いた。


 3班の面々から、マシューに対してビリビリと痺れるような空気が発せられる。


「マシューくん!! 何てことを言うんですか!? 訂正してください!! それに、エメラルドスネークもミッシングウルフも、3班、皆で倒したんです!! 言いがかりはやめてください!!」

 音を立てて椅子から立ち上がったのは、スワンだった。


「はぁ~?? お前、 いつから3班になったんだぁ??」


 しばらく、睨み合いがつづく。マシューの睨みに、少しも引かない。

 聞き耳を立てていた学園生は、徐々に興味を失っていった。


「お前なんて、もう知らねぇよ!!」


 肩を怒らせたマシューの姿は遠くなっていった。誰かに八つ当たりする声が、向こうのほうから聞こえてきた。


 スワンが、スプーンを口に運ぶ。

「これだって、差し入れてくれたのは3班なんですよ!」


 怒りながらも、スワンのシチューを口に運ぶ手は止まらない。

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