第69話 今年の薪は?

 暖かい宿のなか、この家の息子達が、なにやらコソコソ話し合っている。

 その様子を見ていると、そこはかとなく不安な気持ちがわいてきた。


「まさか……」

 去年のことを思い出したダンテは、ついつい気になって宿の裏の薪置き場を見に行ってしまった。

「なんにも、ないじゃねぇ~か」


 去年、ユージ達が、使いきれないほどの薪を作っていったのに、どうしてこうなった??


 もっと早くに確認して、宿を代えておくべきだったのではと後悔するが、もう時既に遅し。今日5日間の延長をしたあとだ。

 弟二人も、町の外れまでユージ達の姿がないかと見に行っているようだし、もうすぐ来るのだろうが、それまでのあいだですら、薪が持つが心配になってしまう。


 まさか、自分までユージ達の帰りを、首を長~くして、待つことになるとは思わなかった。


 もう明日には薪がないのではないかと思っていると、騒ぎ声が聞こえてきた。

 やっと来てくれたと、安堵が広がる。

 明らかに、ホッとした表情の弟二人に、もうちょっとしっかりしてくれとせつに願うが、そんな気持ちですら吹き飛ばすほどの、騒がしさが宿のなかを支配した。


「ただいま~」

「お邪魔しま~す」

「よろしくお願いしま~す」

「お土産、もってきました~」

「母さん!! ちょっと、これ!!」

「ユージんちは、やっぱりいいね~」

「アットホームだよね」

「お姉さまがたの店に見習って、もう少し明るくてもいいと思うわよ」

「宿屋じゃなくなっちゃうよ」

「あったかい~」

「今日の夕飯、なにかな~?」

「母さん!! これ!! 早くきて!!」


 口々に色々なことを話すユージの友達と、無言で頭を下げる先生。


「なんだい。来たとたんに、騒がしいね~」


 女将さんが、厨房から出てきた。


「お土産だけど、そこにおいてあるんだ。今日使わない分は、氷冷庫に運ぶから、どれだけ使うか教えてよ」


 ユージに促されて出ていった女将さんの悲鳴が聞こえた。


「なんだね!!これは??」


「みればわかるじゃん。クロコダイル!! 皆にも食べさせたくて、多めに持ってきたんだよ」


「あんた、学校いって、バカになったのかい?? どうみても、多めにの範疇を越えているだろ??」


 あまり動じない女将さんの叫び声に、宿泊客も気になって出てきてしまった。


 俺も、気がついたときには、席を立っていた。


(えぇぇ???)


(なんだ、あれ?)


 ゴツゴツとした鱗状の表面に、付き出した長い顎。平たい胴体に繋がった太い尻尾。その胴からは、短い手足が飛び出している。


 全体的に黒っぽくて、触ると異様に冷たくて、固い。


「これ、どうやって、切ったんだ? 固かっただろ?」


 クロコダイルの表面を拳でコンコンと叩きながら、ユージに聞いた。


「ダンテさん。お久しぶりです。それ、凍らせてきてるんで固いんですよ」


(・・・・。)


 そう言われたら・・・、冬とはいえ、暖かいと肉は痛むのだ。長い距離、運んでくるために自分達で凍らせたということか。


「今日は、もう、ご飯、できてんのよ。焼くくらいならできるけど、明日は煮込み料理かしら・・・? しばらくクロコダイルね……」


「焼くなら、尻尾が油が乗ってておすすめですよ!」

と、少し大きくなって大人っぽくなったニーナが台車から尻尾だけを取り出した。


(あんな大きな台車、見たことがないぞ……。それに、どれだけ入っているんだ?)


「これで、何人分だろ? 5人?」


(抱えるほどの大きさの肉をもって、5人分はないだろ??)


 相変わらずの規格外は、健在だ。


「お客さんもいれて、・・・全部解凍してもいいんじゃない?」


 女将さんが慌て始めた。

 台車のなかを覗き込んで、

「一本で。十分だ。一本にしてくれ!!」


「足りるかなぁ~?? じゃあ、せめてこの、大きいやつにしよう」


 先ほど抱えていたものより、一回り大きな尻尾を取り出すニーナ。


「ユージ!! 早く氷冷庫に入れてきておくれ」


 ニーナがやっぱり足りないなどと言い出す前に、氷冷庫に片付けようとしているようだ。


「じゃあ、それの解体はまかせた。他の解体は、食べるときにやるから」


 そういうと『浮遊』を使って運んでいった。


(『浮遊』の魔法に驚かなくなるなんて……)


 ニーナは、手慣れた手付きで皮を這いで、あっという間に肉だけにしてしまった。

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