第64話 お茶でも飲むかしら

「薬草、取りに行かないとね~」


 倉庫代わりにしている、ミーティングルームへ薬草とポーション作成セットを取りに行って、その足で練習場へ・・・。

と、考えてると、

「いま行くと、新入生がいて、入れないんじゃないか?」


「確かに……」


「とにかく、足りない薬草がないか、見てから考えよう」


 勢いよくミーティングルームの扉を開けると、棚をガサゴソと漁る。


「ニーナ……。あるよね。見えてる……」


「え~!! 暇~!! 早く、一人前になりたいのに~」


 トーリ先輩が行方不明になったあと、エインスワール隊が探し回った。立ち寄っていた場所は明かになり、トーリ先輩を嵌めた人物も特定された。


 しかし、肝心のベルゼバブのアジトが見つかっていない。


 話を聞く限り、アジトはその町から近いと思われたのだが。


 学生は、探しに行くことは禁止。極力、複数人での行動が義務付けられた。


 ニーナ達が探しに行くためには、特別課題まで合格しなければならない。

 トーリ先輩を知っている他の班も、特別課題まで合格して、捜索の手伝いをすることを目標にしていた。


「一つずつだな。ミッシングウルフについて、もう一度調べておくか?」


 1班も2班も大苦戦していた課題。

 第4階でミッシングウルフを見つけて倒すというもの。


 1班は、この前合格していたが、2班はこの課題で足踏みしているはずだ。


「う~ん。一応、図書室行く?」


「カイト先生と、3班の皆。ちょっといいかしら?」


 事務の先生がやってきた。


「3班のレイン君に、お客様です」


「・・・」

「・・・」


「ありがとうございます」


 無言になってしまった班員にかわり、カイト先生がお礼をした。それにつられて、皆が小さく頭を下げる。


「レイン、行けるか?」


「うん。大丈夫」


 レインが辛く思わなければいいのだが。



 応接室に行くと、疲れた表情の男女が座っていた。レインの緑色の瞳は、母親譲りらしい。二人とも、焦げ茶の髪。目元は父親似だけど、レインは前髪に隠れていなければ、中性的な美しさを兼ね備えた端正な顔つきだ。全体的には母親似だろうか。


 そんなことを考えていると、母親が腰を上げる。


「レイン? 大きくなったわね」


 この一年で、グッと背が伸びた。

 魔力が満たされて、体調も良い。ご飯も十分に食べられるし、よく眠れている。


 レインが、一歩前に出た。


 母親にさわろうとしたわけではないと思うのだが、彼女は腕を引っ込めて後ずさる。

「ひぃ!」


 部屋の中に、緊張が走る。

 実の息子であっても、命の危機を思い出してしまったのだろう。レインの必要な魔力は、多すぎる。本来なら、外に助けを求めるべきであった。しかし、それをしなかったために家族は崩壊してしまった。


 魔力食いが家族にいるなんて、体裁が悪い。レインを閉じ込めて、隠し続けた。

 学校に行かせなければならない歳になって、ついに隠しきれなくなった。

 学校にかよう年齢の子供がいるはずと聞き付けて、家を訪問した近所の学校では対処ができず、その状況の悪さから、すぐにエインスワール学園に連絡がいき、レインは保護された。学園の入学のときまで少しの間、カイト先生が面倒を見ていたのだ。


「ちょっと、いいですか?」


 ユージが、低い声をだした。


「あっ、ユージ、僕に言わせて」


 心配そうな目線が、レインに集まる。

 小柄なニーナが低い位置から見上げると、穏やかに微笑むレインが見えた。

 大柄なユージからは前髪で見えていないだろうが、ニーナ達が何も言わないのを確認して黙る。


「お父さん、お母さん。苦労させて、ごめんなさい。今まで、育ててくれて、ありがとう」


 レインは、深々と頭を下げた。


「レイン……」


 顔を見合わせて、口を紡ぐレインの両親。


「今日は、わざわざ来てくれて、ありがとう。じゃあ、僕はいくね。皆、いこう」


 育ててくれたのは感謝している。でも、会話のなかったレインは、家族に何を話したらいいのか、わからなかった。


「レイン、いいの?」


「うん。母さんを怖がらせちゃうだけだから」


「えっ、レイン・・・」


 怖いと思いながらも、必死で魔力を分けてくれたことはわかっている。

 だからこそ、もう迷惑はかけたくない。


「レイン。大丈夫なの?」

 母親の絞り出すような声に、レインが足を止める。


「大丈夫。皆、優しいし、ご飯は美味しい。僕も、魔法が使えるようになったし、すごい楽しいよ」


「あなた、だって、魔力は?」


「皆、魔力が多いんだ。だから、大丈夫」


「そ…う…、なのね」


「あぁ、僕、迷惑かけちゃったから、これをあげるね」


 かなり大きな魔石。市場で買ったら、3万エルは下らないだろう。


 最悪の場合、魔力がつきるくらいなら、魔石からでも魔力は補える。魔物由来の魔力は、気持ち悪くなってしまうようだが、背に腹は代えられない。万が一のために、いままでにとった一番大きな魔石を、特製の箱にいれて渡してあったのだ。


 レインは直接触らず、親の前に箱からコロンと落とした。


 そのまま、背を向けて応接室から出ていこうとするレインに、ニーナは手を差し出した。


「レイン。はい」


 嬉しそうに指を絡めてくるレイン。

 レインの両親の、息を飲む気配。


「俺は少し話してから行くから、お前ら、まっすぐカーシャ先生のところに行って、待たせてもらえ。絶対に寄り道はするなよ」


「はぁ~い」


 カイト先生に、いつもながらの軽い返事を残して、魔法練習場へ向かった。


「あら、あら、あら、あら、あなた達、お茶でも飲むかしら?」


 「先生、僕らの魔法を見てくださ~い」と後輩が情けない声をあげているのに、嬉しそうにお茶の準備を始めてしまったカーシャ先生が、いつもと変わらなくて、3班には笑顔が広がった。

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