第25話 来客

 今日こそ、魔法を制御して、完璧な『水』の魔法を使ってみせる!

と、意気込んでミーティングルームに向かうと、すでに待っていたカイト先生に止められた。

「今日は、イアンの親御さんが来るらしい。イアンだけでもいいが、待っていてくれ」

 イアン以外は、練習場に行ってもいいらしい。

 ニーナは、魔法の練習をしたい気持ちをグッとこらえて、

「一緒にいます」

と、机に座った。

 家族と会うとき、一緒にいると約束したのだ。


 それでも、焦る気持ちは止められない。

 イアンとユージ、ミハナは課題2にも合格しているし、カレンは、合格間近。レインも練習場じゃなくても魔方陣の練習は出きるので、どう考えても足を引っ張っているのはニーナだ。


「むうぅぅぅ」

 ノートを破いて、『浄化』の魔法を書き付けている。

 魔道書の最後の魔法、『雷の嵐』は見ているだけで、五枚もある魔方陣を覚えてしまったが、それは何年もかかっている。早く覚えるためには、やはり実践あるのみなのだ。

「むぅぅぅぅぅ」

「ニーナちゃん、大丈夫?」

 ミハナが声をかけてくれる。ミハナはといえば、基本魔法のなかで苦手だという『防御』の魔法を覚えていた。

「たぶん、覚えたと思うんだけど、やっぱり、やってみないとわからないや」

「そうだよね~。でも、ニーナちゃんは覚えるの早いと思うな~」

「そう??」

 ニーナが嬉しそうに笑う。



「俺の、親が急に来るから!!」

 頭を抱えて、小刻みに足を上下させていたイアンが、吐き捨てた。


 青みがかった銀髪は乱れ、青い瞳は淀んでいた。


「えぇ~!! きっとイアンに会いたかったんだよ。お兄さんもいるんだし」

 ニーナの高い声に、イアンは顔をしかめる。

「いや、違うね。絶対に、俺の班を確認しに来るんだ!」


「う~ん。でも、イアンに会いに来るんだと思うんだけどな……」

 だんだんと声は小さくなっていき、最後は消え入るようだ。


 ユージが、イアンの頭を、かき混ぜるように撫でる。さらにぐちゃぐちゃになったが、イアンは膨れながらも少し穏やかな表情になった。



「イアン。来たぞ。応接室に………、お前ら全員で行くのか?」

 驚くカイト先生につれられて応接室につくと、すでにライアがいた。

「おぉ! 大所帯だな」

 ライアが驚くと、カイト先生も「座れないよな」という。


「久しぶりに、食堂に行ってもいいかしら?」

 イアンの母親がそう言うと、カイト先生がすぐに指示を出した。

「ユージ、リサさんに許可とって、ミハナは一緒に行って机のセッティング、んで、え~っと」

「俺も、机のセッティングに行くよ。イアンはゆっくりおいで」

 ライアが名乗りをあげてくれ、ユージ達と共に小走りに食堂に向かった。


 食堂に向かっている間、イアンの母は、「懐かしいわね~」とニコニコしている。イアンの父も優しそうに目を細めていた。


 嬉しそうに歩く両親の後ろを、苦い顔でついていくイアン。


 レインが、そーっと手を握る。

 魔力が吸われる感覚に驚いて顔を上げると、緑の目を細めてニコニコしているレインが、力強く頷いた。

 イアンは、そのスーッとする手をしっかりと握る。

 驚いて目を見開いたレインだったが、すぐに嬉しそうに体当たりをするように肩をぶつけた。


 母に気づかれて、微笑ましそうに見られているとは気がつかずに。


 食堂につくと、ちょうど皿にお土産のドーナツを並べているところだった。


「まぁ~!! これって、あの、チョコナッツのドーナツなんじゃ??」

 カレンが嬉しそうに声を上げると、イアンの母が、

「知っているの?? 喜んでもらって嬉しいわ~。男の子って、質より量なのよね~」と、頬に手を当てる。


「イアンのお母さんって、センスいいのね~」

「あら、嬉しいわ~。こんな可愛い子が、イアンと同じ班でよかった~。お土産を買ってくる甲斐があるわ~。つぎにくるときは、何がいいかしら~??」


「クッキーが美味しいお店があったと思うのよね~」

 ユージが、「カレン、図々しいぞ~」というが、お構いなしだ。

「あら、いいのよ。実は、クロワッサンが美味しいお店を知っているの。クロワッサンはどうかしら?」


 カレンは目を瞬かせて、イアンの母の顔を覗き込んだ。

「好きです。でも、イアンのお母さんは、私と普通に話せるんですね」


 カレンの精神魔法にかかると、カレンの言いなりになってしまう。カレンがクッキーといったのに、クロワッサンを勧めるなんてあり得ない。


 カイト先生が、カレンの頭を撫でる。

「イアンのご両親は、お前らの先輩だ。そうじゃなければ、カレン、お前と自由に話させないよ」

「そう……。私、最近、普通に話せるから、治ったのかと思っていたわ」

「本気を試すなよ」

「やらないわよ~」

 カレンがカイト先生を睨み付ける。


「まぁ、食べましょう。ライアは、残りをメンバーに持っていってね」

「はい! じゃあ」

「あぁ、ライア。もう行くつもりなの? あなた、この前の長期休暇も帰ってこなかったでしょ~」

「待っていればイアンが入学してくるんだから、いいじゃないか」

「もう!! あなたは、魔道具か、イアンか、どちらかよね~。ま、いいわ。順調なんでしょ」

「まぁ、うちの班としては」

 弾むように言うと、ドーナツの箱を大事そうに抱えて行ってしまった。


「イアンも楽しそうでよかったわ~」

 イアン母がそう言うと父が、

「3班だな」

 イアンの碧眼が揺れ、顔がひきつった。


 母が、「そうねぇ~」と同意しているが、イアンは警戒して無表情な冷たい顔で、両親を見ている。


「あの、なんで3班だってわかったんですか?」

 黙り込んでしまったイアンの代わりに、ユージが聞いた。

「あぁ、特別入学がいるみたいだし、先生がカイトじゃ、疑いようがないだろ?」


 特別入学は3班になるから、カレンの話を聞いてわかったのだろうが……。


「カイト先生?」

「カイトは、有名人だろ? 何期だったか……。1班のエースだったはずだぞ。たしか、単騎で戦わせたら、エインスワール隊で五本の指に入るだろ? しかも、班でパーティ組んでなかったか? そんな男が、なんで学園の先生なんてやっているんだよ?」


 特別課題まで合格し、班で組んでいるパーティのエースに先生を頼めば、パーティとして活動できなくなってしまう。

 それほどまでして、攻撃力特化の男が先生をしているという時点で、大変な班を任されている。だから、3班。と思ったらしい。


「うちは、今、一人、出産直後で、遠征は厳しいんです」

「それにしても、先生になったら、3年間だろ?」

「しばらく、うちのパーティは休止ですかね。皆、それぞれ活躍していますよ」


 イアンの父は、「う~ん」と唸った。


「まぁ、仲違いしたんじゃなければよかった。それで、イアン。お前は、楽しいか?」


 父の問いかけに、イアンはいつになく冷たい表情で睨み付けた。


「バカにしてるだろ!!」

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