第24話 ぎゅう~っと
次の日、ニーナとレイン以外は結界の外にいてもらい、もう一度、『水』の魔法を使ったのだが、結果は同じだった。
噴水のごとく飛び出した水は制御が効かず、レインに止めてもらう始末。
レインはニーナの役に立っていると嬉しそうだが、ニーナは大きく凹んでいた。
「せっかく魔法が使えたのに……、これじゃ、ダンジョンで使えないよぉ~」
「あぁ! たしか、カーシャ先生って、魔力多かったですよね」
『温風』の魔法を発動してレインの髪を乾かしながら、ユージが思い付いた。
それを聞いたニーナは、ピョンと小さく跳ねてから、カーシャ先生に大きく手を振る。
「カーシャ先生~!! 魔力制御の方法、教えてください!!」
カーシャ先生のすぐ近くまで走り、ピタッと止まった。
勢いよく振れた袖や裾から、水が飛ぶ。
「あら、あら、あら、あら、そんなビショビショのままで走ってこないで~。濡れるじゃなぁい~」
顔をしかめるカーシャ先生にもめげずに、ニーナは食らいついた。
「魔力制御の方法、教えてください!!」
「あら、あら、まぁ~、そうよねぇ。貴方が、卒業しないのは困るのよね~」
カーシャ先生は、まだ、ニーナの事を後継者として狙っているらしい。
練習場の管理者になるのは嫌だが、卒業できないのも困る。魔法が使えるとわかったのだし、将来的にはしっかり働き、母に恩返しがしたい。
元々、魔法への憧れが強く、魔法を駆使して戦う冒険者への憧れも強い。全然課題をこなせていないのに、このまま卒業して、エインスワール隊になるのだと、思い始めていた。エインスワール隊の冒険者として活躍したいと。
カーシャ先生だって、先生なのだから、教えてもらってもいいはずだ。練習場の管理者になることは勘弁してもらいたいが、そんなことは、ずーっと先のことなのだから。
「カーシャ先生! どうやって、魔法を使うんですか?」
この前、ポットを温めているのを目撃している。細かい魔法が使えないということはないだろう。
「あら~。あら~。ん~っと、ぎゅう~っと、ぎゅう~っと、くぅ~、ん? やっぱり、ぎゅ~っとよ」
「ぎゅ??」
「そうよぉ~。ぎゅう~っとよ」
カーシャ先生は、両手をニギニギと動かしながら、力をこめて「ぎゅう~っと」と言うのだが……。
(わからん……)
助けを求めてカイト先生を見ても、目も口も開けたまま、首をかしげて止まっている。
「よし、これで、大丈夫!」
レインの髪を乾かし終わったユージが、
「ニーナ、お前もか? たぶん、カーシャ先生のぎゅう~ってのは、魔力の通り道を閉めるって意味だと思うぞ」
ニーナの髪を乾かしながら、「俺も魔力多いから、どっちかって言うと魔力を送るイメージより、必要なだけに絞るってイメージだな」
「ユージ、ありがと~。乾かすのうまいね」
「俺、兄弟多いからな。毎日、やってたら、こうなるっての」
ニーナの髪を乾かしているユージの横で、レインが覗き込んで魔方陣を見ている。
「ユージ、これ?」
レインが、指を指す。
「これは、『熱』の魔方陣だな。んで、これが、『水』の逆貼り。暖かくしながら、水をなくしているってところか」
「へぇ~」
ものすごい真剣な様子で、魔方陣を凝視している。
「レイン、どうした?」
「ニーナは、こういうの苦手そうだから、僕が使えるようになろうと思って」
ユージはクスクス笑っているだけだが、イアンがニヤリと笑う。
「確かに、ニーナがやったら、干からびて死にそうだ」
「えぇ~。そんなぁ~」
ニーナはイアンを睨み付けた。
「カイト先生? 何、考えているんですか?」
急にミハナが、声をあげた。
カイト先生を振り返れば、何かを考えているように眉間に皺を寄せている。
その後で、ツーっと目線が横を向く。
イアンが、ニーナに耳打ちする。
「確か、アドバイスは、くれるはず」
思い出してニーナが叫ぶ。
「カイト先生!! アドバイスください!」
何とも不便だ。聞かれなければ答えてはいけないなんて。アドバイスもそうだが、今後の課題の内容など、学園を卒業しているカイトとしては、ついつい、ポロッと漏らしてしまいそうだ。
「あ、あぁ。ニーナの魔力ほどではないんだが、他にも魔力が多い学生がいたはずなんだが、何期生だったかな?」
「113期生の1班、トーリね」
カーシャ先生が即答する。
学園は、常に学生を受け付けている関係で、半年に一度新入生がくる。113期生は三年目の学生だ。
「トーリの班は、特別課題を合格しそうなのよね~。惜しいわ~」
カーシャ先生は、トーリ先輩も練習場の管理者候補にしていたようだ。
「いや、トーリは無理だろ。有望株だ」
カイト先生の突っ込みに、「あら、あら、だからニーナちゃんを狙ってるんじゃない」と、しれっと答えるカーシャ先生が怖い。
いつも通り、午後は薬草採りをしていた。全員分のハサミが手に入ったことで、林の中まで採集に向かえるようになった。最近ではキノコを採っているのだが、見分けが恐ろしく難しい。今は見つけたキノコを全て採ってきて、事務所で判別してもらっている。そのときに名前も教えてもらっているので、自分達で判別できるようになるかもしれない。
今日はやることがあるので、薬草採りを早めに切り上げて、夕飯だ。今日の肉は、ハーブの香りが美味しい。美味しいのだが、鳥でも豚でも牛でもない。
「これ、何の肉?」
「なんだろ?」
ユージもわからないらしい。
「こっち、うまいぞ」
二種類の部位がのっていたらしい。たくさんある方は赤身っぽくて、少ししか乗っていないのは、油がのっている。とろけるような食感だ。
「クロコダイルだよ。学園のダンジョンでとれるんだ」
聞きなれない声に肉から目をあげれば、カールした金髪が跳ねた、人好きする笑顔を浮かべる青年がいた。
「もしかして……」
「聞きたいことがあるんだろ? リサさんから聞いたよ」
と、いいながら、声を発したイアンの近くに腰かける。
早めに食堂に来て、トーリ先輩が来たら話が聞きたいとリサさんに頼んでおいたのだ。
「トーリ先輩ですか?」
イアンが、姿勢を正してトーリ先輩に向き合う。
「そうだよ。何だっけ? 魔力についてだったかな?」
「あの、ニーナが……」
「ん?」
残念ながら、一番と遠くに座っている。
「トーリ先輩って、魔力が多いって聞いたんですけど~!!」
叫ぶように話す。
「うん!!」
「私も多くて、魔法が制御できないんです~!!」
「あぁ!!」
「どうしたらいいですか~!!」
ユージがお盆をもって立ち上がった。
「ニーナ、交代」
レインを挟んで、席を交換する。
「え~っとだね、魔法の指南書なんかには、魔法を唱えるときに魔力を押し出すって書いてあるんだけど、それをやっちゃうと多すぎるんだ。魔法を唱えたらすぐに、魔力の通り道をギュッと閉めて、魔力を制限するイメージだよ」
「魔力の通り道?」
「魔力は全身から出てるって人もいるけど、右手と左手で違う魔方陣を制御できるってことから、きっと腕を通っていると思うんだ。そこら辺を意識するといいんじゃないかな」
トーリ先輩は、二の腕辺りをさすって言う。
「やってみます!」
拳を握って目を輝かせるニーナに、トーリ先輩は優しく微笑んだ。
「慣れるまでは時間がかかるから、少しずつ練習するといいよ。空いているときなら、練習に付き合ってあげてもいいんだけど」
トーリ先輩は、ジットリとした視線でニーナを見てから目を細めた。
視線に気がついて、ニーナが顔を上げる。まっすぐにニーナを見るトーリ先輩と目があった。
「あ、あの。また、困ったら聞いてもいいですか?」
「もちろん」
トーリ先輩があまりにニーナを見るので、ムズムズとして居心地が悪い。
「おい! トーリ、話題の新入生となに話しているんだよ? そろそろ、ミーティングするぞ」
「あぁ」と言って立ち上がると、ニーナに向かって微笑みかける。
「班のメンバーなんだ。今日の反省会しなきゃ。じゃあね。ニーナちゃん」
「は、はい。ありがとうございました」
お盆を持ったまま移動していくトーリ先輩に、呼びに来た先輩が絡む。
「おい!! 噂の3班だろ?? やっぱり、美人揃いだよなぁ~。仲良くなったら紹介しろよ」
そんな風に噂されていたなんて、初耳なのだが。
「なんか、嫌……」
レインが呟いた。
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