第138話 国境のダンジョン

「あぁ~。遠かったぁ~」

 国境に程近い、山奥の町。あまりに遠かったので、6日間もかかってしまった。『身体強化』を用いて急いで移動してきたにもかかわらずだ。


 町に入ったとたんに異様な雰囲気が漂っていた。

 崩れかけた家があちらこちらにある。


 上級ダンジョンのある町は、冒険者が集まって、栄えているものだと思っていたのに、人が住んでいない雰囲気に、寂しさが漂う。


 とりあえずダンジョン事務所の近くへ向かった。ご飯を食べられる店や、宿屋もやっているようだ。しかし、どの店も活気がなく、寂れた様子。


「ご飯を食べて、宿をとったら、事務所に行ってみようか」

「すみませ~ん」

 誰もいない飯屋の奥に向かって声をかける。

「お客さんかね? 珍しいね」

 店の奥から、エプロンを掴んだおばさんがでてきた。

「お店やってますか?」

「大したもんはないけど、いいかい?」


 おばさんは固そうなパンに切れ目をいれ、香草と薄い肉を挟んで持ってきた。


「すまないね。こんなものしかなくて。最近じゃあ、めっきり人が減っていてね」

「でも、ここのダンジョンって、上級ダンジョンですよね」

 ダンジョンというだけで人が集まる。階層がたくさんあれば、それだけ様々な人が集まるはずなのだが。


「賑やかだったのは、数年前までさ。もうちょっと向こうに温泉が湧いていて、あっちには観光客が少しいるんだけどね。ダンジョンの方は、ベルゼバブが出るっていうじゃないか。事務所のエインスワール隊は、ベルゼバブなんて出ていないっていうんだけど、実際に死人が出てるんだ。いまじゃあ、ダンジョンに入るのは、タグルのパーティぐらいだね」


 こんなところで、『ベルゼバブ』の名前を聞くとは思わなかった。そのことを、国やエインスワール隊は把握しているのだろうか。


「ダンジョンにベルゼバブが出るんですか?」


「あぁ、何度も死人が出ているよ。あんたら、ダンジョンに来たんなら、やめときな。このダンジョンには、たいした魔物はでないって言うし、わざわざ入る必要はないよ。せっかく来てくれたから、あっちの温泉でも楽しんで、他のダンジョンにしなよ」


「そうなんですか? ベルゼバブがダンジョンの中に……」


 それが本当なら、本部に報告した方がいい。

 しかし、事務所のエインスワール隊は否定していると言うし……。


 冒険者以外には知られていないのかもしれないが、ダンジョンに入るためには、冒険者の登録カードを見せなければならない。

 ダンジョン事務所では、誰が入って誰が出たのかを管理しているので、死人が出たときにダンジョンにいた冒険者がわかるはず。その中の誰かが、ベルゼバブではないのか。

 それとも、なにかの勘違いなのか……。


「色々教えていただき、ありがとうございました。事務所に話を聞きに行ってみます」


「あんた達みたいな若い子なら、いつ来てもらっても嬉しいんだけど、客がいないからね~。普段は大したもんを用意していないんだ。予約をしてくれれば用意しておくけど、店もいつまで持つかね~。こんなに客がいないんじゃぁねぇ」


 おばちゃんは、寂しそうに笑って「ゆっくりすればいい」と店の奥に戻っていった。


 薄い具が挟まっただけのパンを胃に収めると、7人全員でダンジョン事務所へ向かう。


「こんにちは~」

 事務所の中はとても静かで、おじさんが一人座っているだけだった。

 おじさんは笑顔で立ち上がると、じろじろと見てくる。

「君たち、新米冒険者かね?」


「はい! ダンジョンは二つ目です。でも、このダンジョン、ベルゼバブがでるって聞いたんで」

 おじさんは、困ったような顔をする。

「そんなわけ、ないよ。ベルゼバブが出るんだったら、エインスワール隊に捕まえてもらっているさ」


 おじさんもエインスワール隊のはずなのだが、本部に頼むと言うことを、一般冒険者にわかりやすく話してくれているのだろうか。


「そうですよね。でも人がどんどん減っているって」


「そうなんだよ。ベルゼバブがでるっていう噂ばかりが広まっちゃってね。違うって言ってるのに」

 おじさんは、大きなため息をつく。

「それで、こんなに人がいないんですね」

「事務所で働く人も体調を崩しちゃうし、冒険者も来ないしね。君らみたいな若い子が来てくれるようになれば、もう少し賑わうかもしれないね」


「じゃあ、ダンジョンに入ってはいけないってことはないんですね」


「そうだよ。むしろ、ダンジョンに入って、魔物を狩ってくれた方がいいね」


 イアン班がお互いに「よかったね」と言い合っっているのを、おじさんはニコニコと微笑んでみていた。


「宿をとったら、明日また来ます」


「まっているよ~」


 イアン班が、事務所から立ち去ったあと、おじさんは椅子に戻ってドカッと座った。


「7人組か。珍しい人数だな。ちょっと多いか……? まぁ、まだ新米だって言うし、自信がないんだろう。そんな強くはないってことだ。それにしても良い装備だったな。あのなかの誰かがボンボンか? ボンボンの遊びでダンジョン巡りかぁ? ははは。7人分。大儲けだな」


 おじさんの含み笑いだけが響いた。

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