第2話 世界一の魔法学校

 両開きの荘厳な門の前に、広い階段が続いている。

 門の先に広がるのは、エインスワール学園。国名を冠した、世界一の魔法学校だ。

 緑の多い敷地には、校舎、魔法練習場、食堂付きの寮を完備している。他の学校と一線を画するのは、敷地内にダンジョンを保有していることだろうか。


 世界のダンジョンのほとんどを抱えるエインスワール王国は、ダンジョンから持ち帰る素材が大きな収入源だ。

 ダンジョンが多いせいで、魔力が濃いのか。はたまた、魔力が濃いから、ダンジョンが多いのか。因果関係は不明だが、エインスワール王国には魔力が溢れ、そこに暮らす人々の魔力保持量も多かった。


 そのため、魔力を適切に扱うための学校に通うことが義務付けられている。時期は成人前の三年間。成人ごろに魔力量のピークを迎えるためだ。

 家の手伝いをはじめ、既に働きだしている子もいる。見習いをしながら通えるような学校もあり、各自の事情で選ぶことができた。

 その中で、魔法学校の最高峰として君臨するのが、エインスワール学院。特別なカリキュラムで、攻撃力の高い魔道師を育てていた。





 エインスワール学園の校門に続く広い階段に、小柄な少女が立ち止まっていた。ストロベリーブロンドの髪をなびかせて、不満そうに唇を突き出している。


「ねぇ、本当にここで合ってるの?」


 少女によく似た女性が、穏やかな声で答える。

「エインスワール学園を間違えるなんて、ありえないわ」

「そういう意味じゃなくて、私の入学先は本当にここなの?」

「そりゃあ、書類を何度も確認したんでしょ~」

 ニーナはがっくりと肩を落とした。


 最後には破いてしまうほど確認した。

 何度見ても『エインスワール学園』と書いてあったのだ。


「でも、私、魔法使えないよ」

 近所の同い年の子達は、魔法を使って家の手伝いもしていた。皆の真似をして、魔法を使おうとしたことだってある。それなのにニーナは、魔法が使える気配すらなかった。


「そんなことないわよ」


 宮廷魔道師の母は、魔道師の中のエリート。魔法が使えないニーナの気持ちなんかわからないんだと、随分前に魔法について話すことはやめた。

 それなのに、魔法学校に通わなければいけない不安から、言ってしまった一言。母の答えは、昔から変わらない。

 小さい頃は、これに加えて、エインンスワール学園の話になっていたっけ。毎回、そんなすごい学校に通えるはずはないと反発していたのだが、結局、その学校に通うことになってしまった。


 まさか、母の口添えで入学できたのかと、何度か問い詰めたのだが、「いやね~。そんな権力ないわよ」と言われてしまった。


 小さい頃から、魔法に興味はあった。どれだけ練習しても使える気配がなかったから、才能がないのだと思うのだが。

「魔法、使えるようになるかな?」


「そうね。使えるようになるわ。お父さんも喜ぶわね」

 軽く同意する母に、疑いの視線を向ける。 


(父さんって言ったって……)


 父さんはニーナが物心つく前に、行方不明になっている。

 嬉しそうに言う母さんには悪くて言えないが、ニーナはもう、父さんと会うことは諦めていた。もう十年以上も行方不明なのだ。生きているとは思えない。

 赤ん坊の頃のニーナと写真に写る、ストロベリーブロンドの短髪の男性。出張の多い人だったらしく、ニーナは覚えていない。行方不明を伝えられたときの母の悲しみだけが、鮮明に残っていた。


 いつまでもウジウジしているニーナに、母は困り顔だ。

「そろそろ遅れるわ。入学初日から、先生方のお世話にはなりたくはないでしょう」

 強制連行されるということだろうか。


 それは、恥ずかしい。


「わかったわよ! お母さん、手紙書いてね」

 これから三年間は、寮暮らしなのだ。

 長期休みには帰れるそうだが、家に母が一人になってしまうことは心配だった。

「えぇ、可愛い服があったら送るわ~」


 可愛い制服が良かったと散々駄々をこねたせいか、入学に先立ち大量の服を買ってくれた。

 可愛いが良かったのだが、これ以上駄々をこねて母さんを困らせるのも本意ではない。


「いってきます」

 ニーナは、母に背を向けて階段を登り始めた。

「なんで、私が、エインスワール学園……」


 入りたくても入れない子が、沢山いるというのに……


 心の中で呟く声は、誰にも聞こえない。

 心地よい風が、ニーナの髪を揺らしていた。



 静かな門を抜けて、芝生の広場を横切っていく。

 爽やかな風が、ニーナの頬を撫でる。

 広い場所に一人だけポツンといるように感じて、不安になったが、明るい色の大きな校舎が近づいてくると人の気配がしてきた。

 寮から直接校舎に来ているから出会わなかっただけで、上級生もいるはず。


 校舎の前には、案内役の先生も立っていた。

 案内にしたがって教室に入ると、十五人くらいが座っている。


 少数精鋭とは聞いていたが、本当に少ない。


 値踏みするような視線に縮こまり、隅の席に腰かけた。

 その後、数人が到着し、厳つい先生が教壇に立った。

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