第34話 店主に魔法をかける

 荘厳な門から下る広い階段に立って、澄みわたる青空を見上げていると、冷たさを増した風が、プラチナブロンドの髪を揺らす。

 スカートを翻らせて階段を駆け降りると、後ろを振り向いて大きく手を振った。


「皆~!! 早く~!!」


「そんなに急がなくても、お店は逃げないぞ」

 イアンの銀髪も、太陽の光を浴びて輝いていた。


「あんまり急ぐと、着くまでに疲れちゃうよ」

 ザザっと強く吹いた風が、ミハナの髪とスカートをさらっていく。ミハナが慌てて、スカートを押さえた。


「逃げるのぉ~!!」


「楽しみなのはわかるけど、レインを置いていくなよ。拗ねるぞ」


「拗ねないよ!! 大人の男になるって誓ったんだからね」


 頬を膨らませたレインは、まだまだ可愛らしいが、恋のライバルに勝つために、大人になると決意したらしい。

 イアンとユージの入れ知恵だが、それを口にしてしまうところが、レインらしいのかもしれない。


 学校から一番近い商店街に徒歩で向かう。秋風の中の散歩は心地よい。

 たわいもないことを話していたら、すぐに着いてしまった。


「あそこが、商店エリアの中心だろ?」

 イアンが示したのは小さな噴水がある広場。屋台なども出ていて、談笑しながら歩いたり、飲み食いしていたりと賑わっている。


「あそこのアクセサリー店! 見てもいい??」

「ニーナ、行こうか」

 手を握ったレインが、店に向かって歩き出す。


「あっ! まぁ、しょうがないか」

 小さくて可愛らしい髪飾りや、リボン、小さな石のはまったネックレスやブレスレット、手頃な価格のアクセサリーが並んでいた。


「どれにしようか??」


 カレンが、並んでいるもののなかでは大きくて透明な石がついたネックレスを指差した。

「これ、素敵ね~」

 ニーナもミハナも、指差す先を見る。


 店のおじさんが、そのネックレスを手に取ると、

「お嬢ちゃんに似合うと思うぞ。持っていっていいぞ」


「・・・??」


「そんな……」

 カレンが目を見開いて、ゆっくりと後ずさる。

「お嬢ちゃんにあげるよ。私はお嬢ちゃんの下僕だからね」


「いぃ!!」


 後ろから見ていたカイト先生が、足早に近づいてくると、おじさんの手のひらに丸いものを押し当てた。


「あれ? なんか変なことを言った気がするね~。う~ん。まぁいいか。そのネックレスなら、エメラルドを使っているんだけれど、よーく見ておくれ。ここに傷があるだろ? だから、お値打ちなんだ」


「はっ? おじさん、戻ったのかしら?」

 怖々と、おじさんの様子をうかがうカレンは、少し震えていた。


「ところで、これは何だい? 見たことのないデザインのアクセサリーだね。これだけ石がついていると、高いんじゃないかい?」


 カイト先生が押し付けている丸いものは、何色もの石を使ったネックレスのようなものだった。複雑な模様が描かれいて、そのなかに細かな古代文字がびっしりと書き込まれている。


「これは、精神魔法から守る魔道具です。もう少し簡単な作りでお値打ちなものもありますから、商売人として一つは持っていることをおすすめしますよ」


「あぁ、なんか変だと思ったら、精神魔法にかかったのか?」


「すみません。うちの生徒が。直接話していないのにも関わらず、魔法をかけるとは思わなかったので、対処が遅れてしまいました」


 深く頭を下げるカイト先生に、店員さんは「頭を上げてくれ」と。

「エインスワールの学生さんだったね。先生がついてきているのだから、こちらも気がつくべきだったよ。さぁ、ゆっくり見ていってくれ」


 学園近くで長く商売をしていると、学園でしか面倒を見きれない生徒を受け入れているということは、わかるものだ。その場合、町に来るにも、先生がついてくるということも。


「えぇ……」


 すっかり元気がなくなってしまったカレンに変わってミハナが、小さなヘアピンを選び始める。


「ニーナちゃん、これどう?」


 赤と青と紫、三本のヘアピンがセットになっているものを持ち上げた。


「かわいいね」


「じゃあ、これください」


 ミハナが、おこづかいから支払ってしまった。


 アクセサリー店を後にすると、買ってきたヘアピンを手の上に取り出して、

「カレンちゃん。どれがいい?」


「えっ?」


 驚いて顔を上げたカレンは、悲しそうな、でも少し嬉しそうな複雑な表情をしていた。


「皆でおそろい」

「ミハナ、すご~い」


「いいのかしら?だって、そんな……」


「言っておくけど、私はカレンの魔法にかかっているわけじゃないからね」


「それは、わかっているわよ!」

 ミハナの言葉にカレンは食い気味で言い返す。


 カレンは、ニーナとミハナの髪色と見比べて、自分は青のヘアピンをとった。ニーナが赤、ミハナが紫に決まる。


「まさか、あんなちょっとで魔法にかかると思わなかったわ」

 カレンの言葉に、カイト先生も、

「俺も油断していた。学園に入ってから、さらに魔力が増えているのかもしれないな」


「困るのよ~。このままじゃあ、私は学園の人と、お姉さまがたとしか、話せないじゃない!!」


「お姉さまがた?」


 ニーナが何気なく聞くと、カレンが、よくぞ聞いてくれたとばかりに、身を乗り出してきた。


「そうよ。私の敬愛する、お姉さまがたよ」


 成長と共に魔力が増え、それに伴って、回りの大人が狂っていく。原因がわからなかった当時は、不気味さと孤独を感じ、ついには家を飛び出した。

 お腹の減りは、回りの大人に訴えれば、美味しいものを食べさせてもらえたので、困りはしなかったが、夜、寝る場所だけは、道路というわけにはいかない。だんだん暗くなるなかで、明るいほうへと歩いていくと、繁華街にでた。


 そこで声をかけてくれたのが、遊女のお姉さまだ。


 カレンに声をかけ、様子がおかしいことに気がつき、店の隅で休んでいけばいいと言ってくれた。


「でも、私、断ったのよね。でも、お姉さまがたには、『こんな夜中に、小さい女の子が外をふらつくなんて、絶対ダメだ』と怒られてしまったの。それで、お姉さまがたとはちゃんと会話ができるって嬉しくなってしまって、かなり長いこと面倒を見てもらったわ」


「あぁ、遊女なら、精神魔法を防ぐ魔道具を持っていたんだろ。仕事柄、警戒しているだろうし」

 カイト先生が、後頭部を掻きながら大きく頷く。


「そうよね。それが、わかったのも最近よ。お姉さまがたとお話ししたくて、何度も家出して遊びに行ったあとよ」


 カレンは、いいとこのお嬢様だ。カレンの体質のせいで、財政的に苦しい状況ではあるものの、そんな良家のお嬢様が、遊女のところに出入りしているなど、恥ずべきことだ。

 精神魔法を常時発動しているカレンは、咎められることこそなかったが、お姉さまがたが心配していたので理解している。

 

「カレンは、お姉さまがたと仲がいいんだね~」


 ニーナが嬉しそうに言うと、カレンの瞳が揺れた。


「ん~? そうかしら? 学園に入ることが決まったって報告に行ったら、もう絶対に会いに来ては行けないと言われてしまったのよ。私は、もう、会いに行ったら、いけないのかしらね……」

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