第53話 皆の帰省は?

 昨日帰ってきたばかりには、なんだか懐かしい気がしたのだが、もうすでに食堂に馴染んで、当たり前のようにいつもの席に座っていた。


「あれぇ~?? 3班がいるぞぉ~。お前たち、どこ行っていたんだよ。おっせえのに、余裕だなぁ。がはははは」


 課題が進んでいないことをバカにして、品のない笑い声を挙げる。


 こんな風に絡んできたのは、久しぶりだ。

 最近は3班があまりに遅れていたから、絡む気も起きなかったのだろう。

 2班にばかり絡んでいた。


「なに黙ってんだよ。なんか言えよ!!」


「いや、ちょっと出掛けてて」


 1班にユージの実家に行っていたなんて、なんとなく言いたくなかった。


「はぁ~。これだから、落ちこぼれは。なぁ、ミハナ。こんな落ちこぼれのなかにいたくないだろ? 1班に入れよ」


 マシューは、どうもミハナのことを気に入っているらしいのだ。ミハナの『回復』魔法を気に入っているのか、ミハナという女の子を気に入っているのかは定かではないが。


 3班全員のことをバカにしているだけなら、聞き流していてもいい。ミハナのみがターゲットになったのなら、そういうわけにはいかない。


「ミハナは、3班の大事な仲間なんだから、勝手なこといわないでよ!!」


「はぁ~!! チビ!!」


 後ろから、ピョコッと顔を出したスワンが申し訳なさそうに小さく頭を下げた。それには笑顔で返す。不意の笑顔に、マシューはポカンとニーナを見つめる。


 マシューは、バラエティーに富んだ悪口は知らないらしい。だいたい「チビ」か「サル」だ。しかも、ニーナに向かってばかり。


「チビで結構!! ミハナは渡しません!」


「なぁ~!? お前らなんて、卒業できるわけないだろ!?」


 そう言い捨てると、肩を怒らせて鼻息も荒く食堂から出ていった。


「ふぅ~んだ!」


「まっ、また、文句を言われるくらい、課題が進んだってことだろ??」


 イアンは、マシューの言うことなど、ちっとも気にしていない。むしろ、追い付いてきたと嬉しそうだ。


「そうよね~。でも、ミハナを奪おうとするなんて、いただけないわぁ~。男の風上にもおけないわね~」


「班の変更なんて、できないだろ?? あいつのことは、気になるけど、このあとどうするんだ??」


「う~ん。私は、今日手紙を出してみる。お母さん、私がいなくなった途端に、仕事忙しくしたみたいで、あんまり家にいないんだよね~。母さんの休みに日に合わせて、一泊二日で行ってこようかな」


「えっ!! ニーナ、実家に泊まるの?」


「う~ん。レインがよければだけど」


「レイン、俺はいるから、一晩くらい大丈夫だろ?」


 ユージはレインに目配せする。

 レインは、その意味をじっくり考えた。自分の気持ちばかりを押し付けるのもよくない。

「うん。ニーナがいないと寂しいから、早く帰ってきてね」


 ニーナは、驚いて目を見開いたが、すぐに落ち着いた。

(レインは、魔力が欲しいんだよね)

 

「イアンは?」


「俺は、帰らないかな。どうせライア兄さんも帰らないから、うちは親がくると思うんだよね。カレンは魔道具もできたし帰れるだろ?」


「う~ん。私も、まだいいかしら。もっとしっかりしてから、お姉さま方に会いに行きたいのよね。せめてダンジョンに入れるようになってからかしらね」


「レインは帰れるような状況じゃないだろ?」


 レインの魔力食いは、家族全員の体調を崩してしまった。それだけではない。まともに仕事ができない状況が長く続いてしまったので、借金もある。まだ、普通の暮らしができているとは言いがたかった。


「うん。僕は一人では帰れないしね」

「そんときは、一緒に行くさ」


「ミハナは帰るんだろ?」


「私、帰れないんだ」


 誰もがミハナは帰省するだろうと思っていたので、予想外の一言に静まり返る。


「へ? なんで?」


「私ね~。学園に入ること、反対されていたの。うちの父さん、冒険者は危険だからダメだって。でも私はどうしてもエインスワール隊に入りたかったから」


 冒険者になるなら最高峰のエインスワール隊、っというのは頷ける。しかし、難しいダンジョンにも挑むため、危険性も増す。ミハナの実力なら、マージンを取って中級ダンジョン辺りを攻略しているパーティに入る方が、安全かもしれない。


「冒険者なら、『回復』魔法持ちのミハナは引く手あまただろ? エインスワール隊になにかこだわりがあるのか?」 


「ニーナちゃんのお母さんが調査に行っていたガジェット鉱山のダンジョンって、ちょっと前から異変があったって言っていたでしょ。たぶんその異変って、十年くらい前からだと思うんだよね。まだ、異変が起きているって、知られていない頃にうちのお母さんが入って帰ってこなかったの」


 もともと上級ダンジョンだった鉱山ダンジョンは、ミハナの母の仕事場の一つだった。


 その前から、冒険者が帰ってこないことはあったのだが、冒険者は危険と隣り合わせの仕事だ。その代わりリターンが多いのだ。そのため、たまに帰ってこなくても、実力が足りなかったのだと認識されていた。

 だからこそ、立ち入りを禁止するのが遅れた。

 ミハナの母の上級パーティが帰ってこないことで、異常に気がついたのだ。

 魔力の乱れが激しくて、調査ですら進んでいない。


 調査が終わって、魔力が落ち着くまでは一般人の立ち入りが禁止された特級ダンジョンとなる。特級ダンジョンに入れるのは、エインスワール隊と、調査する宮廷魔道師くらいだ。宮廷魔道師はエインスワール隊が安全だと判断したところまでしか入れないので、先に入れるのはエインスワール隊だ。


「私、お母さんのネームプレート探しに行きたいんだよね」


 冒険者は、いつ命を落とすかわからないので、ダンジョン内でも消えないように作られた、ネームプレートの持参が義務付けられている。

 3班もダンジョンに入る前までに用意しなければならないものだ。


「ガジェット鉱山のダンジョンか~。あそこに入るなら、エインスワール隊が一番の近道だな。あそこは、危険だって父さんも言っていたんだよ。新学期始まったら、覚悟をもってダンジョンに望むか~。ミハナを鉱山ダンジョンについて行かないとならないからな!」


 イアンは難しい顔をしながら、体をほぐすようにグゥーっと伸びをした。肩を回しながら、うっすら笑みを浮かべていて、楽しそうだ。


「私も頑張る~」


「私も頑張るわよ。でも、ニーナは少し加減しなさいよね~」


「ぷっ」「あははは」


 笑い声で満たされる。皆も、新しい大きな目標ができたようだった。

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