第101話 熊の魔物
テントを積んだ台車を押して事務所につくと、お姉さんが飛び出してきた。
「台車の中を確認させてください」
荷物がエインスワール印のもので揃っているか確認している。
「この前買ったもの以外は、持ってないですよ」
「一応、確認です」
いつもの荷物なら、さっと見ておしまいなのに、新しいものはちゃんとチェックしないとならないらしい。
エインスワール印のものは事務所で注文しているのだから、買ったものと数は把握しているはずなのに。
「はい。ちゃんと確認しました」
「だから、大丈夫ですって~」
「始めての宿泊ですよね。困ったことがあったら、無理はせずに、戻ってきてくださいね」
「困ったこと?」
「はい。初めては、自炊だけでも大変ですから。見たところ、パンしか持っていないようですし」
「調味料は持っていますよ。今日の夕飯は、クロコダイルって決めているんです」
「それは、いいですね。ただ、予想外のことも起こりえますので、無理をしないことです。課題は何度も挑戦できるのですから」
「はぁ~い」
楽しみでしかたがなかったのだが、お姉さんの言葉に気を引き締めた。
一階で、クロコダイルを2匹倒し、痛まない皮の部分だけ『浄化』の処理をして台車に突っ込む。尻尾の部分は、『凍結』の魔法で凍らせておく。
たまに『凍結』の魔法を追加でかけておけば、今晩くらいまでは凍ったままを保てるだろう。
8階まで、『身体強化』で走り抜ける。途中で何匹か魔物に遭遇したが、魔力を温存するという考えをしない3班は、すべて倒して進んできた。
「熊、だよね! 熊!」
皆から離れたところにいたレインが、「あっち」と指を差す。
「よし! いこう!」
いつも通り、元気よく走り出した。
「あぁ~。また、イノシシ~」
さすがに何度も戦っていると、効率よい倒しかたがわかってくる。手間取ることなく倒して、角と魔石を取り出した。
「あっち」
レインの示した方向に進むと、見たことがない大きな黒い魔物がいる。
なんの魔物か確認したいのだが、折り重なるようにはえた木々が邪魔をして、よく見えない。
「熊かな?」
「そうかもしれない。慎重にいこう」
ニーナ達の、動く音を聞き付けて、黒い大きなものが振り返った。
身長はニーナの3倍はある。手足が太く、遠く離れていても見えるほどの爪。口からは牙が覗いていて、目が真っ赤だった。
ガルルルル~!!
真っ赤な口を開けて唸ると、太い前足で近くにはえた木を凪払う。
バリバリバリバリバリ~!!
大きな音と共に、一本の木がなぎ倒された。
「これ、ブラックビックベアだよね? 今までに比べて、やっぱり強そう」
木をなぎ倒すほどの大きな動きの後でも、すぐに体勢を立て直し、3班のいる方向に鋭い視線を向け威嚇している。
「だいぶ攻撃的だな」
たくさんはえている樹木が視線を遮り隠れられるが、逆に動きの邪魔になる。
バリバリバリバリバリバリ~
ブラックビックベアが、もう一本木をなぎ倒した。
その巨体で戦うには、やはり邪魔になるのかもしれない。
「よし!! やってみよう!」
ニーナが飛び出す。『身体強化』でスピードをあげ、樹木を足場にして飛ぶ。あと一歩に迫ったところで、ブラックビックベアが、両腕を振り上げて吠えた。
ガルルル~!!
ブラックビックベアの頭上に、いくつもの魔方陣が現れる。
「風刃だ!! 避けて!!」
魔方陣を確認したニーナは、叫ぶと同時に横に飛び、地面に転がる。そのまま太い木の後ろに隠れて、放たれた『風刃』をさける。
いくつもの傷がついた大木から走り出すと、ブラックビックベアに迫る。
太く黒い腕を振り下ろすので、後ろに飛んで避ける。
そこへ、右からカレン、左からイアンが飛びかかる。
ブラックビックベアが両腕を振り回した。カレンは寸前のところで身を捻って避けたが、イアンは間に合わない。ブラックビックベアの爪を剣で受けると、その勢いで木々の中に飛ばされた。
「イアン!!」
「カハッ。パワーとスピードが段違いだ」
今まで、魔力量で押しきって戦ってきた3班だが、避けているばかりで攻撃ができない。
ニーナが懐に飛び込んだ。多量の魔力を流し込んだ大剣を突き刺そうとすると、ブラックビックベアは後ろに飛んで避けた。
「避けるのか!?」
「魔法と剣とで、隙なく攻撃して!!」
全体の様子を見ながら、ブラックビッグベアの動きを観察していたミハナが叫ぶ。
「わかった!! 嵐!!」
レインが魔法を使ったのを号令にして、『雷』『火炎』『氷』の魔法が次々と襲う。
両腕を振って弾いているようだが、小さな傷や疲労はたまっていっているようだ。
ニーナが、描いた魔方陣を自在に操る。滑るように移動させて、ブラックビックベアの横に持っていくと、そこから攻撃を始める。
「雷!!」
ブラックビックベアは、地面に転がった氷の塊を拾って、ニーナの魔法へ投げつけてきた。
ブラックビックベアに向かって進んでいた稲妻は、投げられた氷にぶつかり、そこで炸裂する。
「ん、もう!!」
氷を投げて体制を崩したところに、ユージが走り込んでいた。
肩に剣を突き立てて、そのまま力一杯跳ねあげる。
腕を切り落とすには至らなかったが、肉を切られてだらりと垂れ下がった。
「雷!!」
動く方の腕で石を投げつけてきた。『雷』の魔法は防げても、片腕ではバランスを取りにくそうだ。グラリと体制を崩したブラックビッグベアをユージとイアンで両側から挟み込み、首を切りつけた。
両断とまではいかなかったが、ブラックビックベアを倒すには十分だった。
音を立てて倒れるブラックビックベアを見ながら、地面に座り込む。
「つ、つかれた~」
「こいつって、何が売れるんだっけ?」
「たしか、毛皮が柔らかいはず」
「たしかに。これで、毛が固かったら、厄介だったな」
「ちょっと休んでからにしよ~」
「賛成~!! おやつ~」
「あら? そろそろ夕飯を作り始めないと」
初めての夕飯作りは、きっと時間がかかる。
「それも、休憩してからな」
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