第165話 乱調無刀新陰流三聖句
「乱調、無刀新陰流三聖句、とくと
無刀新陰流三聖句。狂犬ゾラとの初対決の時に見せた奥義。あの流麗な土下座がまた見られるのか。と、思ったけど「乱調」? 「正調」じゃなかったっけ?
ドラーガさんは余裕の態度を見せるデュラエスの前でうろうろと落ち着きなく歩き回り、そして右掌を後頭部に当てて、へこへこと顎をしゃくらせるように小さく頭を下げ、目線をデュラエスから外しながらいやそうな表情で言葉を紡ぐ。
「
「なっ……」
瞬間デュラエスの眉間に皺が寄り、こめかみに血管が走る。葉巻を握りつぶし、まだ煙の出ている其れは床に落ちた。
― 乱調無刀新陰流三聖句 一の句 『謝罪』
― 謝る気など全くない
― そもそも自分が悪いなどと露ほども思っていない
― でもしゃーないから謝ったるわ
― そんな気持ちが誰の目にも透けて見えるそれは 必ずや誰の心にも怒りの黒い炎を灯すであろう
「フーッ、フーッ……」
何とか怒りを抑えようと呼吸を整えるデュラエス。ポケットから新たな葉巻を取り出そうとしたが、上手く火がつけられずそれを投げ捨てた。
「貴様……それで謝ってるつもりか……ッ!?」
「チッ……なんスか……謝ったじゃないスか」
なんていうことだ……関係ない、横で見てるだけの私ですらイライラが止まらない。これがドラーガさんの本気……!!
「その態度で謝っているなどと……ッ!!」
「はいはい、
「んぬぬぬぬぬ!!」
「なんなんスか、めんどくさい人っスね。謝ってんだからいいじゃないスか。それよりセゴー討伐に力貸して欲しいんスけど?」
「そ……それが、それが人にものを頼む態度……かッ!?」
ドラーガさんは「はぁ~~……」と、これでもかと大きなため息をついて、ぼりぼりと頭を掻いて、目を逸らしながらまたほんの少しだけ頭を下げる。
「チッ……
― 乱調無刀新陰流三聖句 二の句 『懇願』
― 「やってもらって当然」
― その浅ましい考えを隠すことなく開け広げる
― お前にやって貰って当然だけど ぐちぐちうるせえから形だけでもお願いしてやるわ
― ほんっとにめんどくせえ奴だな
― 言外にそう言っていることが明白なその『懇願』は たとえ仏でも助走つけて殴りつけるであろう
「…………ッッ!!」
もはや声すら出ないデュラエス。その白眼にまで血管が走り、真っ赤になっている。もし『怒り』で人が殺せるなら、間違いなくドラーガさんはその瘴気に当てられて死んでいるだろう。
しかしそれでもデュラエスはまだ堪えている。なんていう精神力だ。これが七聖鍵の実力か。
「い……いいか、小僧」
何とか言葉を紡ぎだすデュラエス。声が震えている。今にも怒りが爆発しそう。ヤバイ。怖い。私はいつ奴が怒りをぶちまけてドラーガさんが
「仮に……仮にだぞ? 俺が貴様らに協力するとして……」
「あ! 協力してくれるんスか?
― 乱調無刀新陰流三聖句 三の句 『感謝』
― 懇願しているときも『やって貰って当然』と思っているのだから
― もちろんまともな感謝の言葉など期待できるはずもない
― 鳥の羽根が如き軽いその感謝の気持ちは 必ずや相手の神経を逆なでするだろう
― この三聖句を用いて「そんな謝罪ならばしない方がマシ」と言わしめる表裏一体の奥義
― 同じ言葉が ときに人を癒し ときに人を傷つける
― ときに人を繋ぎ ときにその和を打ち砕く
― 人と人との間に存在する活殺自在の術こそ無刀新陰流の神髄である
「こンのくそガキャアアァァァ!!」
ぺろりと舌を出しておどけて見せているドラーガさんに、デュラエスの怒りが爆発した。
よだれをまき散らし、眉間に皺が寄り、こめかみの血管ははち切れんばかりにびくびくと脈打っている。「怒髪天」とはまさにこういうことを言うのだろう。
デュラエスは弾かれるように椅子から立ち上がり、そして自分の座っていたソファを持ち上げて振りかぶる。
「いや~、デュラエスさんマジチョロくて大助かりッス。ありあしたー」
そこへドラーガさんのダメ押し。
「ああぁぁぁッ!!」
振り下ろされるソファ。ゴシャっと大きな音がしてソファは粉々に砕け散った。あまりの速さで私も反応できなかった。
ドラーガさんは無事かどうか。それを確認する間も惜しい。私はソファの破片と埃で何も見えない中、ドラーガさんをひっつかんですぐに部屋から逃げ出す。
それにしても恐ろしい、あの冷静なデュラエスがあそこまで切れるなんて。同じ謝罪の言葉でも少し言い方と態度が違うだけで、猛り狂う狂犬を鎮めることもできれば、逆に冷静沈着な男をブチ切れさせることもできるんだ。奥が深い。
とはいえ。
私は走りながら(私に)引きずられているドラーガさんを見る。
白目をむいて、頭から血を流して痙攣している。
う~ん、必ず一撃貰う必要があったとはいえ……それにしてもデュラエスが剣を装備していなくて本当によかった。
「待てやゴルルァァァ!!」
ひっ、当然ながらデュラエスはまだ相当怒ってる。私は逃げながらドラーガさんにヒールをかけ、けがは治ってもまだ意識の朦朧としている彼を引きずって玄室の外に出た。
おそらくはあのデュラエスの部屋に元の世界に戻るための魔法陣があるんだろうけど、今はとにかく、一旦逃げないと。
元々来た方向とは別の道を進み、後ろから追ってくるはずのデュラエスに気を払う。しかしてっきり怒りに任せて走ってくるかと思ったデュラエスはすぐには追ってこなかった。
ずっ、ずっ……と少し引きずるようにしてゆっくりと脚を運ぶ音が聞こえる。それにぶつぶつと何かつぶやく声も。……これは、歌っている? 通路の向こうから、低く、しゃがれた声が聞こえてくる。私は通路の角を曲がって、死角からデュラエスの方を見る。
「ハリヤッサ ラッタアニヴィモウ」
ふらふらと幽鬼のように頼りない足取りで、ぶつぶつと歌いながら奴はゆっくりと歩く。その異様な姿に、私の額には脂汗が滲んだ。
「ポルキーヴァイン ラッタイネンサアリ サーキワヴェリア」
「どうやら、奴の竜言語魔法か……」
ドラーガさんが意識を取り戻してそう言った。と、いうことはこの迷宮に飛ばされた四次元殺法はガスタルデッロの竜言語魔法なんだろうか。まあ、一人が複数の魔法を使う可能性もあるとは思うけど。
「ペラッサヴェリコイラ パルカナレピ トゥルキサネウロヤ」
急に叫ぶような大声。私はビクッと驚いて再びデュラエスの方に視線を戻す。何の儀式なのかは分からないが、奴は自分の手首の内側を犬歯で食い破り、そしてぽたぽたと血を流し始めた。
「
「
迷宮の中に奴の叫び声が響く。
その叫び声と共に、奴の手首から流れ出て血だまりを作っていたその血液がもぞもぞと動き始め、それはやがて犬の形をとって立ち上がった。
「白い月が鳴り響き、
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