第8話 パンターニ

「あれ? そういやてめぇ、最近見たような顔だな……どっかで……」


 セゴーさんはイスから立ち上がり、値踏みするように私のつま先から頭まで睨みつける。


 お、恐ろしい。


 さっきも言った通りこのセゴーさんは元々は有力な冒険者ぼっけもんだった人だ。それが引退してギルドのマスターをしている。受付や書類業務だけをする人は一般から募って採用しているものの、ギルドの幹部は基本的に元冒険者や期間限定で現役冒険者が担当している。


 いわゆる『専従センジュー』という奴だ。


 冒険者ぼっけもんというのは元々はほぼ無頼の輩、旅の博徒みたいなものだったんで、今の時代でもそういった、まあ、非常にわんぱくな人が多い。


 そういう人達を力と威圧で抑えつけなきゃいけないので、ギルドマスターをはじめとする各地方のギルド支部の幹部の人達っていうのは元冒険者で名の知られた人の引退後の天下り先になっているっていうのが通例。


 もちろんこのカルゴシアのギルドマスターのセゴーさんも同様に凄腕の冒険者だったらしい。そして……


「あ~、もしかしてこないだ冒険者の登録したばっかの奴だったかぁ? あぁん?」


 圧が強い。


 ドラーガさんはピクリとも動く気配がない。バジリスクかなんかにやられたのかな? ってくらいに。


 くっそぉ、最悪の空気でバトン渡しやがって。受付嬢と並んでいる人を無視して、ギルドマスターの部屋に直行(途中迷いまくったけど)、その後さんざん馴れ馴れしい口のきき方をした挙句、話の本題は全部私にやらせるつもりだ。


 っていうか、この人いったい何しに来たの? 道案内? それもできてなかったけど。


 と、頭の中で愚痴っていてもしかたないので私は恐る恐る口を開く。


「はい、ついこの間ヒーラーで登録したマッピといいます。この度、メッツァトルの正式なメンバーに加入しましたので、その報告、というか、登録に来ました……

 あのぅ、下の受付に行った方がよかったですか……?」


 冷や汗をかきながら、そう報告すると、セゴーさんはしばらく私の顔を凝視して、そして、ちらりとドラーガさんの顔を見てから「はぁ」とため息をついてから諦めたような表情で私の肩をポンと叩いた。


「まあ、お前もあのドラーガの被害者ってわけだな」


 よく分からないけど理解してもらえた。


「分かった、リーアンに話して登録の件は伝えとくよ」


 リーアンって誰だろう。


「リーアンって誰だ?」


「受付嬢だよ。嬢ちゃんはともかくお前は知っとけよ。何年この町で冒険者やってんだ」


 セゴーさんはドラーガさんの肩を叩いて今度は私に話しかける。


「この通り、こいつはクソ無能なうえにやたら尊大な奴だからな。嬢ちゃんも苦労するが、本当にいいんだな? こいつが加入したときのエピソード知ってるか?」


「あの、四本の指にそれぞれ別属性の魔法を出したって奴ですか?」


「いや、そっちじゃなくてここに登録に来た時の話だ。受付に行く前に併設の軽食屋で食事しながら報酬について詰めてたんだがな……」


 たしか、一階の大広間に受付のカウンターの前にあるスペースにたくさんテーブルがあって軽食も取れるようになってたからそこの事かな?


「なにせ他のパーティーならともかく、Sランクパーティーへの加入案件だからな。念のため俺も同席して話を聞いてたのさ」


 そう言ってセゴーさんはドラーガさんを睨みつけながら話し始めた



――――――――――――――――



「その条件じゃ話にならんな。加入は白紙に戻そう」


 あまりにも強気なそいつの態度に俺はひっくり返りそうになった。誰もが憧れるSランクパーティーに加入できるってだけでも僥倖だってのに、そいつは無茶な条件を付けていた。


「そうは言われてもね、ドラーガ、同じパーティー内でも基本的に実績のある人間と新人の取り分が同じなんてことはまずないよ。これまでの貢献度、ってものもあるしね」


 アルグスは粘り強く説得しているようだったが、しかし当のドラーガはもう同じ話を何度もするのは無駄だ、と言わんばかりに奴の言葉を無視していた。繰り返す言葉はただ一つ。


「報酬は山分けだ。それ以外は認めん」


 アルグスは困り切っていた。交渉の場には他のメンバーもいる。その前で山分けにするという決断を下さなきゃならないが、それはすなわち今のメンバーの取り分がそのまま減るということに繋がるからだ。


「じゃあこういうのはどうですか? 最初は固定分プラス歩合で、活躍度合いによっては山分けよりも多くなる、とかは? 自信あるならそれでもいいでしょう?」


 クオスの提案は魅力的なものに思えた。確かにあれだけの自信家なら歩合制には飛びつくんじゃないか、とも思えたんだが、しかしそれでもドラーガは口をへの字に曲げたままだった。


「金の問題じゃないんだ。それはつまり、お前らが俺の実力を疑っているっていうことだ。実力が大したことなければ傷口を最小限にとどめたい、とな。そう思われてる事実が俺には我慢ならん」


「ぐむ……」


 クオスは呆けていたがアルグスは苦しそうに唸って、そして全員の顔を見回した。その時には、もう一人、今はもうやめちまった男のメンバーもいたがな。


「みんな、すまないが報酬は山分けってことでいいか? 背に腹は代えられん……」


 他のメンバーも小さくため息をついたが、しかしやはり他に選択肢はなかった。ここで機嫌を損ねて『賢者』が他のパーティーに行くようなことがあればそれこそ大損失だ。他に選択肢なんてなかったからな。


「契約成立、だな?」


 ドラーガは余裕の笑みを見せながら右手を差し出した。アルグスは眉をぴくぴくと引きつらせながらもその手を取って、がっちりと握手をして答えた。


「やれやれ、いい契約をしたな、君は」


 このアルグスの言葉に返したドラーガの応えは、横で聞いてただけで、当事者でなかった俺にも今でも忘れられない言葉だった。


「違うな。『いい契約をした』のは『あんた達』の方さ」



――――――――――――――――



「かっ……」


セゴーさんの話を聞いて私は思わず洩れそうになった言葉を飲み込んだ。


 格好いい。


 あまりにも格好いいセリフだ。でもそれを認めてしまったら『負け』な気がする。


 機会があるなら自分でもぜひ一度言ってみたいくらい、自信と、そして自惚れに満ちて、尚その輝きを失わないセリフ。


 まあ、その後無能がバレてお荷物状態になってることを差っ引くとすさまじく格好悪いただの詐欺師のセリフなんだけど。


「それで、まんまと高給取りになって、荷物持ちに至る、と……」


「あいつは捕まってないだけの詐欺師だ。嬢ちゃんも深入りするんじゃねぇぞ」


そう、それともう一つ。今回私は新人で何の実績もない回復術士ということで、報酬の取り分は大分抑えられている。

 そして、私が入る前に、ドラーガさんのせいで他のメンバーは報酬が山分けになっている。


 つまり、このパーティーで今、私だけが報酬の取り分が少ない、ということである。


「釈然としないわ……」

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