第9話 ギルドでチンピラに絡まれる

「はぁ~~~……どっと疲れた」


 私は両肩を力なく落としながら階段を下りて天文館の1階のフロアに降りてきた。


「ふん、だらしないな。そんなメンタルじゃ冒険者としてやっていけないぞ?」


 笑いながら私の背中をドラーガさんがバンバンと叩く。誰のせいだと思ってるんだ。とは思ったものの、もう過ぎたことだし、正直言ってドラーガさんが全く見どころのない人かというとそれは違うとも思う。


 あの状況で平気でバトンを渡せること、加入時の交渉、契約時の交渉。その全ての裏にあるのは鋼の如きメンタルの強さ。他はともかく、それだけは本当に見習うべきだと思う。


 そこだけ。本当にそこだけだけど。


「ええっと、他に用事はなかったですよね? もう本拠地に帰りましょうか?」


「ん~、飯だけ食って帰るか。昼はちょっと過ぎちまったがな」


 そうだった。緊張しきりで忘れていたけれど、まだお昼ご飯を食べていなかった。というかもうおやつの時間かも。とにかく私は一階のレストスペースの空いているテーブルに行こうとしたところで、人とぶつかってしまった。


「あっ、すいません」


「チッ、気をつけろ」


 ひえ、ちゃんと謝ったのに凄まれちゃった。ぶつかった人は大柄な戦士風のライトアーマーをまとった短髪の人で下あごから口にかけて大きな傷がある、いかにも冒険者、というか、無頼の輩というか、怖そうな人だった。


 とにかくトラブルは嫌なので私が平謝りでいるとドラーガさんが笑いながら話しかけてきた。


「おいおい、いつまでペコペコしてんだ。冒険者はナメられたら終わりだぜ」


 その瞬間、大柄な男の人の表情が一変した。


「ドラーガ……ってことは、このガキは?」


「うちの新メンバーのマッピだ。胸は平坦だがガキじゃなくて成人済みだぜ?」


 余計なお世話じゃぼけ。


 その大柄な男の人はずっとドラーガさんの事を睨んだままだったけど、やがてにやりと馬鹿にするような笑みを浮かべて言った。


「ふん、落ち目の『メッツァトル』の新メンバーか。嬢ちゃん、そんなカスに付き合ってたら命がいくつあっても足りねぇぜ? こっちに入らねぇか? 恰好からするとヒーラーだろ? ヒーラーは何人いても多すぎってことはねぇからな」


「セゴー、メンバーの引き抜きは御法度だぜ?」


 え? セゴー? ギルドマスターと同じ名前……この人は一体……


「セゴーはギルドマスターだ! 俺の名前はテューマだ! いい加減覚えろ!!」


 なんだ、ドラーガさんが間違えただけか。とはいえ、この人たちはいったい何者なんだろう。


「あの、ドラーガさんこの人は……?」


「ああ、天文館の永遠のナンバー2のパーティーさ。名前は……なんだったかな?」


 ドラーガさんがそう言うとテューマさんはこめかみに血管を浮かべて表情がひきつった。ああ、この人ホント他人を怒らせるのがうまい。

 テューマさんはドンッとテーブルを叩いてまくしたてるように言う。


「もうすぐナンバー1と2は入れ替わるんだよ! 俺達の『闇の幻影』がナンバー1になるんだ!!」


「ださッ……あっ、すいません!」


 しまった、とっさの事で思わず本音が出てしまった。だって、『闇の幻影』って……私、メッツァトルでよかった。あんなださい名前だったら家族に言えないよ。恥ずかしくて。


 「てめぇら……どうやらどうしても俺を怒らせないと気が済まねぇみてぇだな……」


 憤怒の形相のテューマさんが腰に差してる剣の柄に手をかけた時、後ろから何人かの人たちが寄ってきて声をかけた。


「ちょっと、テューマで刃傷沙汰はまずいわよ!」


 魔導士風の黒髪の女性が声をかける。周りにも何人か人がいるから多分闇の幻プクスッ、闇の幻影のメンバーの人たちだと思う。


 そして、ギルドの建物内、ここでの喧嘩くらいは大目に見てもらえるものの、刃物は絶対禁止というのも事実。つまり、メイスを武器にしている私が有利、じゃなかった、何とかして喧嘩を納めないと!


「なんだ? テューマ、まさかSランクパーティーのメッツァトルと事を構えるつもりか? Aランク中二病パーティーの分際で随分えらくなったもんだな?」


「ぬかせ、てめえが潜るのはダンジョンじゃなくて墓石の下だ!」


 テューマさんは御法度の剣を抜いて 構える。もうギルドのルールなんて無視するほどキレてるみたいだ! どうしよう!?


 テューマさんがゆっくりと間合いを詰めようとした時だった。


「てめぇら!! ここで剣を抜く気か!!」


 前進しようとして足を少し上げていたテューマさんの動きが止まり、声の聞こえてきた階段の方に視線をやった。


 助かった、この声はセゴーさん! さすがギルドマスターだ、頼りになる。と、思って、ふとドラーガさんの方に視線をやった時だった。


 ドラーガさんの姿はさっきまで立っていた場所にはなかった。 消えた……いったいどこに? と思ったその刹那、「うおっ」っと、テューマさんの声が聞こえてそちらに視線をやり、私は我が目を疑った。


 ドラーガさんが頭を地面にこすりつけて土下座をし、その頭をテューマさんが踏みつけてる光景が目に入ったからだ。


 いつの間に、いや、なぜこんなことに!?


「え……え?」


 誰も……誰一人としてこの状況を理解できていなかった。


「頼む! こんなところで争えば周りの者が巻き込まれるし、何より争うことにより得るものなんて何もないはずだ!!」


 頭を踏みつけられながらドラーガさんが叫んだ。……よく分からないけど、争いを納めるためにドラーガさんがテューマさんに土下座を……?


「ここはどうか、俺の頭一つで退いてはくれないか! このとおりだ!!」


 またも土下座したままのドラーガさんが大声でそう叫ぶと、今度はちらほらと周りから声が聞こえてきた。


「なにあれ……?」

「『闇の幻影』のテューマが『メッツァトル』のメンバーに土下座させて頭踏みつけてるよ」

「何があったか知らないけど、土下座して謝ってる相手に普通そこまでする?」

「名前もクソダサいけどやることもクソダセぇな……」

「それに比べてドラーガ・ノートは大人だよな……あの新人を守るためなら土下座くらい平気ってことか」


 え? そういうことなの? 私のために?


「くっ、くそっ! 覚えてやがれ!」


 テューマさんとその仲間達は周りの空気が悪くなったことを察すると慌てて逃げるように建物から出て行った。


 それと同時に騒ぎが治まったことを確認したセゴーさんもフン、と鼻を鳴らして階段を引き返していった。とにかく、すんでのところで刃傷沙汰は回避できたみたいだ。


 パンパン、とドラーガさんは埃を払いながら立ち上がった。


「ま、ざっとこんなもんさ」


「え?」


 急にドラーガさんの態度が変わった。これは一体……?


「これぞ無刀新陰流むとうしんかげりゅう風楔かぜくさび……地面と足裏の間に10センチほどの隙間があれば、俺は土下座を捻じ込むことができる。それこそ誰にも気づかれること無くな」


 え? じゃあ今のは私が見ていない間に何かやり取りがあったわけじゃなく、本当に一瞬のうちにテューマさんの足と床の間に土下座を捻じ込んだってこと? これが、話に聞いた土下座師ゲザーの力……


「喧嘩ってのはな、相手を再起不能になるまで叩きのめすことも重要だが、それと同じくらい『他人から見てどう見えるか』ってのも重要なのさ」


「え……そのために土下座を……?」


 それだけのために……だったら最初っから挑発すんなよ、とも思ったけど、目的のために手段を択ばず、自分のプライドすらも平気で捨てる、その潔さは、情けないを通り越してむしろ格好よくも感じられるような気がした。


「お前はまだこの町に来て日が浅いから知らないかもしれないがな……『カルゴシアのヘコヘコバッタ』とは俺の事さ」


 いややっぱ格好悪いわ。

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