第107話 ゴネシエーション
翌日の朝。
また私は市民たちのガヤガヤと騒がしい声で目を覚ますことになった。
もう~、なんなの、連日! 他にやることないの!? 自分のスキルアップのために時間は使わないくせに、他人の足を引っ張ることにばっかり一生懸命で! そんなんだから貧乏人はいつまでも貧乏なままなのよ!
私が上着を着てリビングに行くとそこにはすでにドラーガさんが起きて、カップで水を飲んでいた。
「よう、起きたか。また貧乏人共が外で騒いでるぜ。まったく、他人の足を引っ張ることにばっかり熱心な奴らだ。そんなだからいつまでも貧乏なんだよ」
くっ、ドラーガさんと同じ感想を抱いてしまった。自省せねば。
私達が二人で外に出ると、アルグスさん達他のメンバーはすでに全員アジトの外に出ていた。そしてみんなを取り囲む市民、市民、市民の渦! 昨日以上の市民が集まっている。これ、二百人以上はいるんじゃ……
そして昨日とは違ってその中央にはアルグスさん達と対峙するように最初から七聖鍵のデュラエスが険しい顔つきで直立していた。
アルグスさん達の間からかき分けるようにドラーガさんが進み出る。デュラエスの身長は百七十センチくらい、ドラーガさんよりも少し身長が低いので自然と少し見下ろすような形になる。そしていつもの余裕の笑み。
「思ったより早かったな。まさかたった一日で戻ってくるとは思わなかったぜ。昨日より暇人の取り巻きも多いみてえだしよ」
今日は最初からドラーガさんが応対するようだ。私はちょっとだけホッとした……けど、相変わらずの挑発するような話し方。もしかして挑発して市民に手を出させようとしてるんだろうか?
デュラエスは今日は無言で私達の前に一枚の紙を取り出して、それをこちらに見せた。
「これで文句はあるまい」
「ほぉん、どれどれ、見せてみろ」
ドラーガさんはデュラエスから紙を取り上げて内容を精査する。
「まず聞きてえんだが、このイリスウーフってのは誰の事だ? そんな女はここにはいねえぞ?」
「なに!?」
なに!?
図らずも私の心の声とデュラエスの言葉がハモった。いきなり? どういうこと!?
ドラーガさんはイリスウーフさんの方に振り返って問いかける。
「おいイリスウーフ、これ、お前の本名じゃねえな?」
今自分で「イリスウーフ」って言ったじゃん! どういうことなの?
「え、ええ……違います」
「なんだと!?」
なんだと!?
また私の心の声とデュラエスの声がハモる。イリスウーフさんの本名ってイリスウーフじゃなかったの!? そんなの今初めて知ったんだけど? ドラーガさんはいつの間にそんな事知ったの?
「と、いうわけでこの令状は無効だ。出直してこい」
そう言いながらドラーガさんは紙をデュラエスに突っ返す。しかしデュラエスはそれを受け取らない。当然だ。それが理由で令状が無効となれば今度はイリスウーフさんの本名を調べる作業が始まる。調べたところで分からないかもしれない。ここでは引き下がれないのだ。
「無効ではない。令状の効力対象は本名でなくとも、広く民に知られる通称でもよいことになっている! 今貴様、『イリスウーフ』と呼んだであろう。間違いなくその令状の効力対象はその女だ」
「チッ、意外と知ってやがんなぁ……」
そう言うと仕方なくドラーガさんは再び令状を読み始める。この人分かっててわざとあんなこと言ったのか。おそらくは裁判所に戻ればすぐ分かる事だろうけど、時間稼ぎのために。
しかしそんな時間稼ぎのために、デュラエスはともかく二百人の市民を追い返すのは……現状敵だけど、なんとなく気が引ける。まあこの人にはそんな感情ないんだろうけど。
「ん~、なるほどねぇ……『人道に背いた罪』……大量虐殺と魔剣野風の因果関係を証明できずに三百年前にそんな適当な罪状で火口投下刑に処されたってのは俺も聞いてる」
私は聞いたことない。その罪状ってイリスウーフさん以外に適用されたことあるんだろうか。そんな適当な罪状無効じゃないの?
「まあ、ここは問題ねえな……」
ないのか。
デュラエスもホッとした様子なのが見て取れる。市民たちは完全に理解が追いつかず疑問符を浮かべながら様子を窺っている状態だ。
「んん? ああ~……」
ドラーガさんがさらに何か発見したようだ。「あちゃ~」というような感じで、少しうれしそうな表情を見せて、令状の両端を持ってデュラエスの方に表を向けた。
ビリビリッ!
「ああッ!?」
ああッ!?
「何をする!!」
何すんの!?
ドラーガさんは衆目の前でその令状を真っ二つに破いてしまったのだ。た、確かこういう公的文書を破るのって相当まずいんじゃ?
「くっ、ふふ、とうとうやりおったな、浅学な冒険者めが! 公文書の棄損だ! 紙一枚、これさえ無くなれば罪を逃れられるとでも思ったか!? この罪だけで貴様を十年は豚箱にぶち込んでやる!!」
怒りに燃える、しかし同時に笑みを隠せないデュラエスの表情。そうだ、アルグスさんも言っていた。デュラエスは私達に「罪を犯させよう」としていたんだ。ドラーガさんはその手にまんまと乗ってしまったことになる。
でもまあ……
ドラーガさんだけなら、まあ……
「みなも見たな!! メッツァトルの一味が公文書を棄損する様を!!」
ちょっと、巻き込まないでよ!!
「それが本当に公文書なら、な」
え? 違うの? 偽物って事?
「領主のサインが無い。やり直し」
「え?」
え?
デュラエスは慌てて破られた礼状を見返す。私も気になって隣からそれを覗き込む。
「ちょ、ちょっとドラーガさん、これ! これ領主のサインなんじゃ!?」
「マッピ、てめえどっちの味方なんだよ」
デュラエスから令状をひったくって指さしてドラーガさんに見せる私に彼は呆れ顔でそう言った。
いやいやもうどっちの味方とかじゃないですよ。私まで豚箱にぶち込まれたんじゃたまらないもん! っていうか領主のサインやっぱりあるじゃん! どうすんのこれ!
「よく見ろ、このサイン、他の書式と一緒に刷られた木版印刷だ」
ん? いやまあ確かに言われてみれば。でも印刷のサインだと何か問題が?
「オクタストリウム王国の法じゃ公権力を行使する令状には裁判官と領主のサインが必要、とある」
「だからこれが領主のサインだろうが!!」
もはや怒りを隠せないデュラエス。しかしドラーガさんは退かない。
「印刷がサインといえるか? サインってのは本人が確かに確認して了承したって意味だぞ? この訴えに問題があれば責任の所在は領主にあるぞ。逆に俺達が領主に対して裁判を起こしてもいいんだな? 確かに本人が確認してサインしたんだろうな?」
「ぐっ!!」
言葉に詰まるデュラエス。いやいや本当に本人が確認してたらどうすんの!? とっ捕まるのはドラーガさんだけにしてくださいよ!? 私は無関係ですからね!
……とはいえ。さすがに昨日の今日だ。たった一日で領主にアポとって令状にサインまでさせられるかと言えば疑問符が浮かぶ。如何に七聖鍵が領主と繋がっていると言えどもそんなに早く本人に確認させられるだろうか? ドラーガさんはそこまで見込んで……?
「た、確かにサインではない……だがこれまでは慣例上木版印刷でも令状は効力を持って……」
「これまではこれまで、この件はこの件、だ」
そう言うとドラーガさんはデュラエスから破った令状を取り上げてさらにびりびりに破り捨てて足で踏みにじったのだった。
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