第108話 両手に花
「とにかく、法的拘束力を持ったちゃんとした令状を持ってこい。じゃなきゃ俺達は絶対に動かん」
「きっ、貴様……こんなことをしてタダで済むと思っておるのか!?」
「見ろよ」
怒りのあまり青筋を立てて口から泡を吹きながら怒鳴るデュラエス。しかしドラーガさんは彼の怒りを意に介することなく、両手を広げて見せた。
辺りにいるのはなんとも言えない表情の市民達。その数二百余り。
「てめえが中途半端な仕事するから子分たちもがっかりだぜ? 皆口には出さないが思ってるぜ。『小娘一人引っ立てられないのか、七聖鍵って奴は。あと何回同じやり取りをすればいいんだ』ってな」
むぅ。確かにそうだろう。前回は五十人、今回は二百人もの市民を引き連れてきておきながら前回も今回も「令状が無い」の一言で追い払われてるんだから。というか市民たちの冷たい視線が怖い。これまさか本当に暴動になったりしないだろうか。
いや、今はそれよりもデュラエスへの落胆の気持ちの方が強いのかも。
「覚えていろ」
デュラエスは月並みなセリフを吐いて一人、踵を返して帰っていった。あとに残されたのは私達メッツァトルと、行き場を無くした怒りを抱える市民達二百人。
「紙切れ一つ満足に用意できないのか! 七聖鍵はよ!! ガキの使いでももちっとマシな仕事するぜ!!」
大声であざ笑うように話すドラーガさん。デュラエスと二百人の市民たちのヘイトを一身に受けてもこの人はどこ吹く風だ。
「さてと」
そう言ってドラーガさんはイリスウーフさんに肘を差し出す。なにこれ? どっかの風習の挨拶? 肘をつき合わせるとか?
「飯でも食いに行こうぜ、イリスウーフ」
イリスウーフさんはみるみるうちに顔を赤くし、しかし困惑しながらもドラーガさんの肘に腕を巻きつかせる。
うそでしょ? この状況で腕組みして女性をエスコート? どこまで市民を挑発すれば気が済むのか。しかしこの挑発で怒りを隠さなかったのは市民じゃなくてこの人だった。
「ちょっと! この大食い女が無茶苦茶しないように私もついていきます!!」
クオスさんが慌ててドラーガさんの反対側の腕に抱き着いた。
「ハハハ! 両手に花って奴だな!!」
片方は花じゃなくて巨大な根っこですけどね。
「どけ! 低能ども! お前らもこんな無駄なことしてないで女でもひっかけた方がはるかに有意義だぜ!!」
ドラーガさんは市民の海を真っ二つに割り、余裕の態度で見せつけるように美女二人(?)を引き連れて、高笑いしながら進んでいく。どんだけハート強いのこの人。
話題の中心人物であるドラーガさんとイリスウーフさんが消えたことで市民達も流れ解散、三々五々に帰路へとついていく。前回同様朝っぱらから本当に心臓に悪い。
しかしドラーガさんは二度までもあのデュラエスを。『七聖鍵の頭脳』と呼ばれるデュラエスを追い払ったのだ。これは大変なことやと思うよ。
「どう思う? アルグス。こんなことがいつまでも続くと思う?」
「時間稼ぎにしかならないな……」
アンセさんの言葉にアルグスさんが答える。その通りだ。次はきっと本当に領主のサインが入った令状を持ってくる。そうすればもはやイリスウーフさんを守る手立てはないのだ。しかもデュラエスはすでに怒髪天。何が何でも令状を取ってくるだろう。
もしかしてあれだけ挑発しまくったのはデュラエスや市民を怒らせて先に手を出させようとしての事だったんだろうか。だとしたら目論見は潰えたことになる。いらぬヘイトを買って、皆を怒らせただけ、悪手ということだ。
「とはいえ、時間稼ぎは僕にとっても重要だ。もうすぐ修理に出しているトルトゥーガも返ってくる」
そう。アルグスさんのトルトゥーガは前回カルナ=カルアとの戦いで破損してしまい、現在なじみの工房で修理中だ。前のは自作らしいけど、今回はちゃんと工房で作ってもらっている特注品らしい。
「もしイリスウーフが連れ去られてしまってもこれだけの大騒ぎになれば裁判を経ずに身柄を好き勝手することは出来ない。ドラーガには期待できないが僕達だけで奴らが根拠にしている法律や、市民たちの反応を調べていこう。おそらくもうそんなに時間の余裕はないだろうけど」
―――――――――――――――
それから四日の時が経った。
ドラーガさんとイリスウーフさんを除く4人は情報収集に努め、不慮の事態を防ぐためイリスウーフさんは基本的にアジトから出ない。ドラーガさんは何をしてるかイマイチ分からない。もうええわあの男。
しかし三百年前のイリスウーフさんが処刑された法律については殆どと言って分からなかった。せいぜいが、旧カルゴシアの町の崩壊後、当時のここいら一体の領主によって彼女が捕らえられ、そして町の大量死とイリスウーフさんの因果関係を見つけられなかったために急遽つくられたのが「人道に背いた罪」という事らしい、という事だった。
なんともふわふわした罪状で、その名前からはどんな罪を犯したのかいまいちわからない。ホントにこんな罪状有効なの?
「ゴミみてえな意味不明なもんでも法律として明記されてる以上有効は有効なんだよ」
とは、ドラーガさんの弁。どっちの味方なんだよあんたは。
そして市民の反応の方。
市民の包囲には私達も驚いたし、実際彼らの鬼気迫る態度も怖かったんだけど、正直言って今はもうだいぶ和らいできているというのが実情。
しかしそれは三百年も昔の罪状で訴えられるイリスウーフさんに同情しての事ではない。モンスターの襲撃からすでに二週間近くたってももう魔族達に動きが無いことが第一の理由。
そりゃそうだ。魔族の頭である四天王のヴァンフルフとビルギッタは私達が押さえてるんだから。そう言えばブラックモアって結局どこ行ったんだろう?
「わ、忘れてた。ご、ごめんみんな、すぐにターニーを呼んでくれる?」
私がその話をするとクラリスさんが青い顔をしてすぐにターニーを呼びつけ、ドラーガさんのスコップを借りて二人でどこかへ消えていった。ターニーというのは元々彼女の傍仕えで
そして市民の悪感情が薄れてきている第二の理由、七聖鍵への不信感だ。
なにしろデュラエスの扇動で二回もメッツァトルのアジトを取り囲んでおきながらドラーガさん一人に追い払われ、さらに言うならイリスウーフさんの所属するメッツァトルは魔族撃退の立役者、おまけに七聖鍵はその時町にいたにもかかわらず何もしてないときたもんだ。
正直みんな気分が萎えちゃったらしい。
とはいえ、いずれデュラエスはまた来る。
しかも今度は完璧な令状を用意してだ。如何に市民の支持が得られなくとも、令状の効力は変わらない。
出口が見つからず戦々恐々とする私達。
対して相変わらずの余裕の態度のドラーガさん。この人根拠のある時もない時も余裕綽々だからなあ。
そんな日の午後、アジトの扉がノックされた。
「来たか」
扉を開けると、十数人の市民と、それを先導するデュラエス。右手には裁判所の令状。トップハットをくい、と上げ、鋭い眼光でドラーガさんを睨む。
「おうおう、そんな怖い顔しちゃって。どうした? 随分と取り巻きが減ってるじゃねえか」
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