第109話 必ず助ける
「裁判所の令状だ。イリスウーフの身柄を渡してもらおうか」
デュラエスはそう言ってドラーガさんに令状を手渡す。
「そもそもなんで貴様が令状を精査するのかまずそこが気に食わんが」
それはちょっと私も思う。なんかアレだな、私この人と気が合いそうだな。
「チッ、不備はねえな。こんな短期間に領主のサインを手に入れてくるなんてよほどシーマン家と七聖鍵は仲睦まじいと見える」
ドラーガさんの「仲睦まじい」という言葉になぜか私の脳裏にはデュラエスとガスタルデッロが仲睦まじくキスしてる絵が浮かんだ。アンセさんがニヤリとする。
イリスウーフさんが目を伏せたまま音もたてずに前に進み出る。本当にいいの? こんな、仲間を差し出すような真似!
「やっぱりおかしいです、こんなの! そもそも、『人道に背く罪』って事件が起きた後に作られた法律じゃないですか!! そんなのが有効なはず……」
しかし叫ぶ私をドラーガさんが手で制した。
「確かにおかしい。だがその令状は本物だ。法には従うのが市民の使命だ」
言葉を失う。
イリスウーフさんはそのままデュラエスの前にまで進み出たが、ドラーガさんがそれを止め、自分の方に体を向けさせ、そして彼女を抱きしめた。
「必ず助け出す。約束だ」
「ドラーガ……ドラーガ!! う、ううっ……」
イリスウーフさんは三百年前の事件を負い目に感じている。だからこそこの件に関して一言の反論すらせずに静観していたのだ。おそらく自分を断罪するとなれば、素直にそれに従うつもりなのだろう。
しかし、抱きしめられたことでせき止めていた感情が溢れ出したのか、彼の胸の中で泣きじゃくる。おそらく彼女にとっては二度目の裁判。誰だって恐ろしいのだ。ゆっくりと自分の死が近づいてくるのが。
「俺は今裁判所の代行者として行動している。公務を邪魔しないでもらおうか」
そう言ってデュラエスはイリスウーフさんをドラーガさんから引き剝がした。
「分かってる……てめえの方こそ覚えておきな」
ドラーガさんは珍しく真面目な表情でデュラエスを睨みつける。
「法の前では
――――――――――――――――
「とうとう、恐れていた最悪の事態になってしまったな」
アジトに戻り、リビングのテーブルに着席した私達。その中央でアルグスさんが口を開く。
「最悪でもねえさ」
しかしドラーガさんはいつもの表情を取り戻して発言した。
「いいか? 最悪ってのは俺達が市民に暴力を振るって犯罪者となり、イリスウーフも奪われること」
む、確かに。私暴力振るおうとしちゃったけど。
「そして次に悪いのが何の抵抗もせずにイリスウーフを奪われ、秘密裏に身柄を好き勝手弄ばれること」
う~ん、それもそうなんだけど、そのケースは避けられたんだろうか? イリスウーフさんがこの先どんな目にあうかは分からない。
「これも避けられた。三度も市民たちが動員され、これだけ注目された今なら、奴らはイリスウーフの正当な裁判を行わないわけにはいかないしな」
まああんだけごねにごねたからね。その意味ではドラーガさんの挑発も意味があったのか。
「とはいえここから先の手が無いじゃないの。どうするつもりなのよ」
アンセさんが不満そうな顔でそう呟く。実際その通りだ。イリスウーフさんを取り戻せなければ全て「最悪」だ。
「僕はすでに、『最悪の事態』を想定して準備をしている」
アルグスさんはそう言ってちらりとリビングの隅に置いてあるボロ布に包まれた円形の物体に視線を移す。
アルグスさんのトルトゥーガはすでに工房から戻ってきた。なんか「軸受けを今度はアンギュラ式にしてアキシャル荷重への耐久性も向上……」とかなんとか難しいことを言っていたけれど、とにかくパワーアップして戻ってきたという事らしい。
いや、でもどうなんだろう。
正直言ってアルグスさんやアンセさんが本気になって大暴れすればそうそう止められる人はいない。七聖鍵でもどうかと思う。でも私が思い出してしまうのはムカフ島のダンジョンで死んだ非正規冒険者たちの事だ。
あのトルトゥーガを人間に対して使うなんて、もう二度と考えたくない。
「実際にトルトゥーガを使うことはしなくても、アレがあるというだけで十分な抑止力にはなる」
そ、そうだよね。ドラゴンすらも倒したと言われるトルトゥーガ。そもそもあれは本来「盾」だもんね。
「相変わらず脳筋だなてめえらは」
むっ……無言を貫いていたドラーガさんが腕を組みながら口を挟んだ。だったらなんか考えがあるっていうの? あんだけごねにごねたものの、結局は抵抗もできずにイリスウーフさんを奪われちゃったくせに。
……まあ、抱きしめて「絶対に助ける」ってのはちょっと言われたいなあ、とか思ったけど。もっ、もちろんドラーガさんに言われるのは嫌だけど。まず信用できないし。
「僕は、とりあえずイリスウーフの裁判を傍聴して、デュラエス側の論理に破綻が無いか確認するつもりだ。関係者なら傍聴席も確か優先的に回ってくるはずだし」
アルグスさんがそう言うとドラーガさんは目をつぶって腕組みをし、考え込む。アルグスさんはさらに皆に声をかける。
「他のメンバーは引き続き根気強く市民たちの誤解を解いて回ってほしい。もし『最後の手段』に出ることになった時に市民が味方かどうかで成功率が大きく変わる」
「……私は、三百年前のその『人道に反する罪』について調べてみようと思います。どうもあの法律、怪しいというか……」
「その必要はねえ」
私が発言するとドラーガさんがつぶっていた眼を開いてそう言った。どういうこと? 正直攻めどころがあるとしたらあそこが一番怪しいところだと思うんだけどなあ。
「いいか、裁判ってのはな、いくら荒唐無稽な内容でも、弁護人が優秀でも、本人に『助かりたい』という気持ちが無けりゃ何も出来ねえんだ」
ぐ……珍しくまともなことを言う。確かにイリスウーフさんはむしろ三百年前の事件について罪を償いたがっているように見えた。
「でも、何もしないっていう気にはなれないんです。彼女を助けるためなら、どんな小さいことでも、私は動きたい。たとえそれが大きなお世話だったとしても」
この人に情というものはあるのか、私の熱意は通じるのか。
いや、通じるはずだ。イリスウーフさんに「必ず助ける」と言ったのはほかならぬこの人なんだから! 私は真っ直ぐドラーガさんの目を見る。
「別に『何もするな』と言ってんじゃねえ。お前には別に調べて欲しいことがある」
え? 私に調べて欲しいこと? それはいったい……
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