第110話 首切りアーサー
「ふぅ……」
お昼過ぎ、アジトに戻ってきた私はリビングのテーブルに突っ伏して脱力しているクオスさんに遭遇した。大分お疲れのようだ。
「私、忘れてたんですけどね……」
クオスさんは私の存在に気付くと上半身をテーブルに乗っけたまま呟き始めた。
「そもそも人と話すの苦手でした」
まあなんとなくは気付いてた。この人基本的に人との距離感がおかしいもん。
クオスさんはアルグスさんの指示により市民の誤解を解いて回っている。
市民の一番の関心事は三百年前の事件ではない。もちろんそこも気にはなっているのだが、一番の関心事はこの間のモンスターの襲撃。あれがイリスウーフによって引き起こされたものなのか、そしてそれはまた起こりうるのか。
モンスターの軍団は瓦解し、そしてもう二度と町にまで押し寄せてくることはない。これは間違いない。なぜなら魔族のトップの首根っこを押さえているのは私達なのだから。
「みなさん私の話は聞いてくれるんですけど、『エルフってどこに住んでるの?』とか『付き合ってる人いるの?』とか、関係ない話ばっかり振ってきて……私にはドラーガさんという心に決めた人がいるのに」
あ~ハイハイ、モテ自慢ですか。いっすね。クオスさんモテて。ちん〇んデカいっすけど。
「マッピさんは今何をしてるんですか?」
ああ、やっぱりそこ聞くよね。
「ドラーガさんから特命任務を授かるなんて、羨ましい……」
新しい観点だなあ……私はあの話し合いの後、アルグスさんから指示を受けたみんなと違ってドラーガさんから別に任務を受けていた。
しかしその内容というのがなんとも……
「この、カルゴシアの町の、死刑執行人についてです」
「え!?」
まあ……そりゃびっくりするよね。私もこれを申し付けられた時ドラーガさんの正気を疑ったもん。
このカルゴシアでは死刑には斧を用いた断頭が行われる。大陸全土で見ればそこまでの大都市でもない事もあり、とある一族の当主、一人の男性がその全てを実行している。
アーサー・エモン。通称”首切りアーサー”。
表向きは刀鍛冶という事になっているが、実際にはこの町の死刑執行を一手に引き受ける男。寡黙で、何があろうとも決して揺るぐことのない強靭な精神から鋼のアーサーとも呼ばれることもある。
この町で「鋼」の二つ名で知られるもう一人の人物がドラーガさんなので、なんともなぁ、という気持ちだ。
カルゴシアの郊外の静かな住宅街に住んでおり、周辺の住民は彼の「本業」をみんな知っているが、しかし知っていても「知らない」事になっている。住民たちは「穢れ」と嫌い極力彼の一族と接することなく、存在するのに存在しないように振舞い、そして彼自身子供にすら自分の本当の仕事を伝えていないらしい。
「そ、その首切りアーサーの何を調べているんですか……?」
額に汗を浮かべながらクオスさんが質問する。
「何をって……『何でも調べろ』と……」
そう、何でもいいから調べろと言われているのだ。
家族構成、住民との関係、生活態度、夫婦仲、子供から何と呼ばれてるか、から普段の食事内容まで分かる事は何でも調べろと言われた。特に「弱み」になるような情報があればなおいい、と。
「そ、それってまさか……」
訝しげな表情でクオスさんが言葉に詰まった。まあね。分かるよ。
もしイリスウーフさんが死罪という事になればおそらくその死刑執行もこの首切りアーサーが担当することになる。
まさかとは思うけどドラーガさん、裁判で抵抗するのはすでに諦めて、首切り役人の弱みを握って死刑を執行させないようにしようとか考えてるんじゃ……
イヤもうそれしか考えられない。正攻法で行くのは諦めて、もうドラーガさんはとことんゴネる気なんだ。ドラーガさんの
「でもそれ、既に死刑が決まった後でそんな『ゴネ』が通用するもんなんですか? せいぜい死刑を遅らせることになったとしても、イリスウーフさんが戻ってくることになんてならないんじゃ……」
知らないよ! 私に聞かないでそんな事! ドラーガさんに聞いてよ!
「ただ、まあ……」
クオスさんは少し考え込んでゆっくりと口を開く。
「ドラーガさんの駄々こねは、凄かったですよね……」
思い出されるのはダンジョンでの事。ドラーガさんは「早く帰りたい」と駄々をこね、寝っ転がって抵抗した。……あれは凄かった。いい年こいた大人の所業とは思えなかった。
……まさかあれを衆目の下でやると? 絶対にやめて欲しい。あんなのと仲間だと思われたくない。恥ずかしすぎる。
しかしドラーガさんがここにいない以上答えは出ない。そもそもあの人の考えを慮るなんてことは不可能だ。何か考えてるにしろ、何も考えてないにしろ。
でも正直これ以上首切りアーサーの事を内偵するのはやめたい。いつか人通りの少ない路地裏で「何をこそこそと嗅ぎまわっていやがる」とか急に声をかけられて私が首を斬られるなんてことになりそうで。怖い。本当に怖い。
「はぁ~……」
二人して大きなため息をつく。アジトを包む閉塞感。出口の見えない戦い。イリスウーフさんを助け出せる気がしない。こんな時にドラーガさんは一体何やっているんだ。まあどうせ大した事せずにブラブラしてるんだろうけど。
そんな時だった。コンコン、とアジトのドアがノックされた。
誰だろう。他のメンバーだったらわざわざノックなんかしないだろうし、七聖鍵絡みの人間だったらもっと横柄にやってきて、あんな控えめなノックはしない。
私がドアを開けると、そこにいたのは金髪碧眼の美少年、クラリスさんの傍仕え、ターニー君がいた。
「あ、ターニー君、どうしたんですか? クラリス先生は一緒じゃないんですか?」
「あの……スコップを返しに……」
そう言っておずおずと、洗われて綺麗になったスコップを差し出す。ああそうだ。なんかこの間魔族のブラックモアの話をしたら急にスコップを借りてクラリスさんとターニー君でどこかに出かけて行ったんだった。ブラックモアと七聖鍵のアルテグラが同一人物なのは知ってるんだけど、結局どういう人なのかは知らないんだよね。その人に何かあったのかな?
「いやまあ……大変でしたよ、色々と。あんなに深く埋めることないだろうに……」
ターニー君が心底うんざりした表情で呟く。何を埋めたんだろう?
「クラリス先生はどうしたんですか? 一緒じゃないみたいですけど」
「クラリス様はいろいろと溜まっている仕事を屋敷で片づけています。いくら何でもそろそろ七聖鍵に対し居留守を使うのも無理になってきましたし……まあ、どちらにしろ『素体』がないので転生もできないし協力もできないって強弁し続けてますが」
うん、とりあえず今のところクラリスさんが敵に回ることはなさそうだ。ほっと一安心。でも、だったらターニー君は何故ここへ? スコップ返すためだけに? そんなのいつでもよかったのに。どうせドラーガさんのだし。
私がとりあえず立ち話も何なのでターニー君をリビングに招き入れてお茶を出すと、彼はお茶を飲むような仕草だけを見せて、そしてゆっくりと語りだす。
「今日来たのは他でもありません」
なんだろう。こういう美少年の真剣な表情っていうのもいいな。
「恋愛相談にのってほしいんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます