第106話 令状持ってこい

 市民たちを後ろに従え、余裕の表情のデュラエス。


 一方で不安そうな、そして悲しそうな表情をしたイリスウーフさん。


 そして、デュラエスよりもさらに余裕の表情でニヤニヤと笑みを浮かべているドラーガさん。


 ちなみに私はアルグスさんに腕を掴まれたままだ。憮然とした表情の私にアルグスさんは諭すように語り掛ける。


「いいか、ここで暴力に訴えようもんなら向こうの思うつぼだ。なぜ奴が最初から出てこずに、まずろくに理論武装もできていない市民を先行させたのか分からないのか?」


 え? どういうことだろう?


「僕たちに先に手を出させることができれば、イリスウーフを手に入れることは簡単だ。おまけに邪魔なメッツァトルを市民の敵、犯罪者として排除できる」


 あ……そういうことか。考えなしに、敵の手に乗ってしまうところだった。


「ご高説ありがとうよ、キリシアの臆病もんが。俺がモンスター達と戦ってる間あんたらは何してたんだ?」


 ドラーガさんは戦ってないでしょうが。


「ふん、話を逸らすな。今はその女の危険性について語っているのだ」


「危険な者には生きる権利がねえってのか? 全ての人間は法の前には平等だ」


 ドラーガさんはくい、と親指でイリスウーフさんを指さす。


「てめぇがこの美人なお嬢ちゃんに懸想してるのは分かったがよ。女を好き勝手にしてえってんならそれなりのもんを用意するんだな」


「それなりの物、だと?」


 ドラーガさんの言葉にデュラエスの方眉がピクリと動く。何を用意しろっていうんだろう? お金でも積めって言うのかな。


「そうだ。口説きてえんならラブレター。身柄を拘束してえんなら裁判所の令状だ」


 ああ、そういう事ね。お金で仲間を売り渡すわけないじゃない。言い方が回りくどいのよ。


「法的根拠なら示している。その女は三百年前に旧カルゴシアの住民を虐殺しておきながら何の罰も受けずにのうのうと生き延びているのだぞ?」


「そうだ!」

「虐殺者だぞ!!」


 デュラエスの言葉に市民たちが気勢を上げる。おそらくはこの人達の中にはモンスターの襲撃によって家族や友人を亡くした人達もいるのだろう。


 心情的には理解できるものの、しかしだからと言ってこんな暴挙に出るなんて。


 デュラエスは市民たちの後押しを受けて得意満面の表情。今、この場の空気は彼が支配していると言っても過言ではない。


 しかし。


 しかし、空気など関係ないのだ。この男には。


「てめえの耳は飾りか?」


 七聖鍵の一人で、副リーダーと言われている男。眼光は鋭いものの、どこにでもいるような中年男性。しかしこの男も常人を遥かに凌駕する力を備えているに違いないのに。


 その男の耳をつまみ上げながらドラーガさんは言葉を発したのだ。


「くっ、触るな!!」


 たまらずデュラエスはドラーガさんの手を払った。


「聞こえなかったならもう一度言ってやるぜこの低能が。『裁判所の令状を持ってこい』って言ってんだよ!

 紙切れ一つ満足に用意できねえ無能に用はねえ。話はこれで終わりだ」


 ドラーガさんはそう言うと市民たちとデュラエスを無視してアジトに戻る。それに続いてアルグスさん達と私も戸惑いながらも市民たちの元を後にした。


「おのれ……調子に乗るなよ、冒険者風情が」


 私達の背中にかけられたデュラエスの怒りの言葉が恐ろしかった。



――――――――――――――――



「ぷくっ……ハッハッハッハッハ!! 聞いたかおい!」


 アジトのドアを閉めるとドラーガさんは大声で笑いだした。


「『冒険者風情が』だってよ!! あのおっさん! てめえも冒険者だろうが!! あー、おかしい。くやしそうなツラしやがって、ざまあねえぜくそザコ野郎が!!」


「ちょ、ちょっとドラーガさん!!」


 私は慌てて大笑いしているドラーガさんを止める。


 だって本当にドアを閉めて直後に笑いだすんだもん。外にはまだ市民達もデュラエスもいる。そんな大きな声で笑ってたら外にまで聞こえちゃうよ!? ブチ切れてここを襲撃してきたりしたらどうするの?


「別にそれならそれでいいじゃねえか。さっきのお前と立場が逆になるわけだ。向こうから暴力に訴えてくるならこっちの暴力装置も思う存分使えるしな」


 そう言ってドラーガさんはアルグスさんとアンセさんの方を指さした。暴力装置って……もっと他に言い方ないんかな。


「しかし、まさかこんな方法に出てくるとはな……」


 アルグスさんがそう言って自分の顎をさする。私もアルグスさんから聞いて「噂」の事は知っていたけど、まさか市民を率いて真正面からイリスウーフさんを奪いに来るとは。


「迷惑をかけてしまってすいません」


 申し訳なさそうにイリスウーフさんが謝る。別にイリスウーフさんが悪いわけじゃないのに。


「まあなんにしろ『危険だから渡せ』なんて言う奴らの言葉に付き合う必要ないわよ。ここはドラーガがやったみたいに無視の一手ね」


「そ、そんな簡単な話じゃないと、お、思う」


 アンセさんの言葉に反論したのはクラリスさん。やっぱりいつも通りドラーガさんの服の中に入っていたらしい。布一舞波さんだ向こうにかつての仲間がいるとか怖くないのかな。


「デュラエスは『七聖鍵の頭脳』と言われるほどの切れ者。単純に市民の圧力を使った力押しなんて、あ、ありえない」


 んん……確かに、市民たちの主張とデュラエスの言葉には微妙に主張の差があったような気がした。確かデュラエスは三百年前の旧カルゴシア崩壊の追及をしていたんだっけ?


 でも、三百年も昔の事を今更言い出してもなあ……そんな昔のこと言いだしても時効じゃないのかなあ。


「当時のカルゴシアと今のカルゴシアに政治的な連続性が無くても、当時の法律書に『時効』についての明記がされてなきゃ時効にはならねえな」


 え? そうなの? じゃあ本当に三百年前の事件を理由にイリスウーフさんが裁かれちゃうってこと?


「そこら辺を主軸に、市民感情で後押しをして無理やり身柄を拘束するつもりかもしれないな……クラリス、実際デュラエスは裁判所の令状を用意できると思うか?」


 アルグスさんがそう尋ねるとクラリスさんは少し考え込む。


「根拠にしてるのが三百年前の事件だからスムーズにはいかないと思うけど……デュラエスはシーマン家とも通じてるから、やってくると思う」


 そう言えばそうだった。七聖鍵はシーマン家にも不老不死を与えて手懐けている筈。七聖鍵、市民、そして領主シーマン家も敵なんだ。


「当面は情報の収集と市民の誤解を解くことに力を注ごう。みんな、協力できるか?」


 アルグスさんの言葉に当然私達は頷く。


「すいません、私のせいで……こんなこと、冒険者の仕事ではないのに……」


「謝ることはないです、イリスウーフさん。仲間がピンチの時に……って、ドラーガさん、どこに?」


 私がイリスウーフさんを慰めようとするとドラーガさんはクラリスさんをテーブルの上に置いて外に出ようとしていた。まだ市民が外にいるんじゃ……?


「散歩がてらちょっと飯食ってくる」


 そう一言だけ言ってバタンとドアを閉めて外に行ってしまった。


 ……全く、なんて協調性のない。


 というかあんだけ市民を煽りに煽っておいてすぐにその市民の前に出ていくってどういう神経してるんだろう。市民と衝突とかしないでしょうね。


 とか思っていると外から声が聞こえてきた。


「なんだ、お前らまだウロウロしてたのか、よほど暇なんだな。こんな無駄なことしてる間に文字の一つも覚えたらどうだ? 何ならこの俺様が一時間銅貨十枚で教えてやってもいいぞ! バカでも分かるように教えてやるぞ」


 直後、激しいブーイングの嵐。


 ……これは、アレだ。きっと自分にヘイトを集めることでイリスウーフさんへのあたりを和らげるという……きっと、その……アレだ。

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