第105話 市民たちの戦い
なんだろう。朝っぱらからアジトの周りがガヤガヤとうるさい。
イチェマルクさんと「孤児院」の卒業生との話し合いの後、私達はアジトに戻り、その日はゆっくりと休んだ。
そう言えばアンセさんとアルグスさんの方のデートはどうなったんだろうかとも思ったけど、結局二人の様子に今までと違いはなかったわけだし、まあ、何もなかったんだろう。アンセさん自分の事になると途端にヘタレになるな。
まあ、それは置いておいて。
私達メッツァトルのアジトは町の外れにあり、民家もまばらな場所。普段はそれほど騒がしいことはないし、ましてや朝っぱらから人が集まる事なんてまずない。共用のパン窯や井戸の辺りはおばちゃんたちの話し声で騒がしくなることもあるけど、でもそういう感じではない。人の気配が、凄く多い。
私が身支度を整えて外に出ると、アルグスさん達、ドラーガさん以外のフルメンバーがすでに外にいて、それを取り囲むように市民たちが集まっていた。
なんだろう、これ? もしかしてこの間のモンスターの襲撃を撃退したことについての感謝のセレモニーとか? まいっちゃうな、私達は当然のことをしただけなのに。
……いやそんなはずないだろう。そもそもこんな朝っぱらから事前通告もなしに来ないでしょう。そもそも市民たちの雰囲気がおかしい。なんか……怒ってる?
「おとなしくイリスウーフを出すんだ。その女はこの町に不幸を呼び込む凶兆だ」
ああああ、なんか言ってたな、そう言えばアルグスさんが。
たしか、この間のモンスターの襲撃はイリスウーフさんが原因だという噂が流れてるって。まあ、噂じゃなくて真実なんだけどさ。でもそのイリスウーフさんの活躍もあってモンスターを撃退できたわけだし、そもそもイリスウーフさんは被害者なのに、身柄を引き渡せなんて酷いんじゃないの?
「やれやれ、もう来やがったのか、思ったより早かったな」
おっと、ドラーガさんも眠そうに目をこすりながらやっとアジトから出てきた。
ん? でも「思ったより早かった?」って、こうなることを予想してたって事? でも確かあの噂の話を聞いた時、ドラーガさんはいなかったような気がするけど。噂の事を独自に知ってたんだろうか。
「いきなり来て身柄を差し出せなんて無法が過ぎるな。理由を聞こうか」
アルグスさんがイリスウーフさんを庇うように市民との間に立ち、努めて冷静に市民たちに問いかける。市民たちは五十人ほどいるだろうか。数の力を以て高圧的であったものの、しかし町を救った英雄であり、冒険者の中でも随一の実力者であるアルグスさんを前にするとたじろいでいるのが分かる。
「この間のモンスターの襲撃がそのイリスウーフを狙っての事だってのは分かってるんだ! そいつをほっとくことはこのカルゴシアを危険に陥れるんだぞ!!」
「所詮は低能の集まりだな」
精一杯の虚勢を張る市民に対して挑発的な態度を見せたのは、思ったとおり我らがドラーガ・ノート。やっぱりこの人事態を複雑化させようとしてるとしか思えない。
「何の根拠があってそんなこと言いだしたかは分からねえが……」
「みんな言っているぞ! その女のせいで町が襲われたと!!」
「チッ、バカが
「ちょ、ちょっとドラーガさん、なんでそんなに徴発するんですか」
一触即発の空気になっている市民たちとドラーガさんの間にクオスさんが割って入る。
「皆さんも落ち着いてください。イリスウーフさんは私達の仲間なんです。根拠もなしに身柄を渡せって言われてもできません。まずは落ち着いて話し合いませんか?」
「ん……ま、まあな」
こういう時美人って得だな。クオスさんが優しく話しかけると気色ばんでいた市民たちも融和姿勢を見せたように感じた。その人美少女に見えるけど三十センチのちん〇ん持ちですよ。
「い、いいか? その女は危険なんだ。すぐどうこうしようってのはねえが、一時的に身柄を拘束して様子を見る必要がある」
それでもやはり市民たちの強硬姿勢は崩れることはなかった。何の根拠もない噂なのに……まあ、根拠はあるっちゃああるんだけど、でもだからってそれを理由に人一人の身柄を拘束できる道理なんてある訳が無い。
「これ以上無学な低能と話をしても時間の無駄だな。お前らを煽ってる奴を出せ。話にならん」
なんだって?
「なんだと?」
市民たちと私の意見が一致した。「煽ってる奴」……市民たちを扇動してる人がいるっていう事?
「いるんだろ? 七聖鍵の奴がよぉ! 時間の無駄だからさっさと出てこい! それともここで俺達と市民の衝突がお望みか!?」
いやいやそれはまずい。たとえ市民五十人が相手でもおそらくアルグスさんやアンセさんなら軽く蹴散らすだろうけれど、無辜の市民相手に暴力はまずいですよ。
しかしそのドラーガさんの言葉に反応してか、市民たちをかき分けて一人の男性が出てきた。
「ふっ、やはり一筋縄ではいかんな」
姿を現したのは七聖鍵、“聖金貨の”デュラエスだった。市民たちを操っていたのはこの男? でも私は怖気づいたりしない。市民だろうが七聖鍵だろうが同じだ。簡単に仲間を売り渡したりはしない。
「こちらが下手に出ているうちにイリスウーフを引き渡した方が賢明だぞ」
下手どころか上から目線のデュラエス。私は毅然とした態度で反論する。
「仮にモンスターたちの目的がイリスウーフさんだったとしても、彼女は被害者です。そんな言いがかりみたいなことを言われて身柄を渡したりはしません」
「威勢がいいな、小娘」
うう、やっぱり当代最高の冒険者と言われるだけあって凄く圧が強い。私は横目でちらりとドラーガさん達の方を見る。
「…………」
フォローしないの?
「いいか? 我々は何も無法なことを言っているわけではない。
今回の事だけではないぞ。その女、イリスウーフは三百年前、旧カルゴシアの町を滅ぼしているのだ。その罪も償わずに、のうのうと暮らしてるのが許されるというのか?」
む……その話を持ち出されると……
イリスウーフさんは目に見えて落ち込んでいるのが分かる。私が何とかしなきゃ。
「そ、そんな三百年も昔の事を急に持ち出して……」
「三百年も経っているのだから時効だとでも言いたいのか? カルゴシアの町の民は死に損だな。虐殺の首謀者は逃げ切ろうとしているというのに」
ちらり。
フォローしろよドラーガ。
くそ、なんでみんな黙ってるのよ。
「そ、そのことと、今回の襲撃が何か関係でもあるんですか!」
「何か起こってからでは遅いのだ。いや、もう『起きている』だろうが。次は町がまた滅びるかもしれんぞ? 市民の味方である冒険者として放ってはおけんな」
ちらり。
フォロー!!
くそっ、このおっさん! モンスターが襲撃してきたときは「我関せず」でとっとと奥に引っ込んだくせに!
これはもう、あれだな。最終手段だな。
私は踵を返してアジトに戻ろうとする。
「ちょ、ちょっと待て、マッピ。どこに行く気だ」
そんな私をアルグスさんが止めた。
「なにって……メイスを取りに行くんですよ」
だってしょうがないじゃん!! みんなフォローしてくれないんだもん!! もう暴力で解決するしかないじゃん!!
「やれやれ、結局俺が出ねえといけねえか」
さっさと出て来いよドラーガ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます