第104話 裏切りのイチェマルク

「で、お前はなんなんだよ」


 ドラーガさんの言葉は、可愛らしい水色のワンピースを真顔で着ている長身のイケメンに向けられたものだった。イチェマルク。


 全裸で現れたこの忍者は、現在着るものが無いのでイリスウーフさんのワンピースを着ている。身長差が随分とあるのでものすごいミニスカートになっていて、イチェマルクさんのチッチェマルクさんがワンピースの裾からコンニチワしそうで怖い。


 というかこの人、てっきりドラーガさんが呼んだものだとばかり思ってたんだけど、違うんだ。


「俺は……七聖鍵の一人、“霞の”イチェマルク……」

「そういうことを聞いてるんじゃねえんだよ」


 そう。そういうことを聞いているんじゃない。ドラーガさんのピンチに颯爽と現れてアルマーさん達を止めたイチェマルクさん。彼の狙いはいったい……?


「俺は……子供好きだ」


 知ってるよこのロリコン野郎。


「だから、子供達をいいように利用して使い潰し、転生法の素体にするティアグラのやり方が許せなかったんだ」


 む……言ってることはなんとなく繋がってきた。確かに子供好きなら、ティアグラの悪行には我慢ならないだろう。


 でもよくよく考えてみたらこの人も転生法を行っているんじゃないのかな? 三百年という時が経っている。ドラゴニュートの寿命もいくら何でも越えてるんじゃないんだろうか。


「言いたいことは分かる。『お前も転生してるじゃないか』ということだろう。俺は最後まで転生法を拒否し、自分の体で生きてきたのだが、とうとうティアグラを止める手立ても見つけられずに寿命を迎えてしまった。そこで、不慮の事故で亡くなった子供の体を借り受け、転生したのだ」


 う~ん、なんだかなぁ、この人信じていいんだろうか。初めて会った時の印象が最悪だったし……いや、二回目に会った時も最悪だったけど、さらに言うなら三回目の遭遇の印象も最悪で、まあいうなれば私はこの人に悪印象しかない。ゴミクソロリコン野郎が。


「なるほど、つまりお前は俺達の同志というわけだ」


 しかしドラーガさんはあっさりと彼を受け入れる。真顔でパステルカラーのワンピース着てる人と仲間になりたくないなあ。


「ティアグラの体制は盤石だ。三百年の間孤児院とティアグラの間に立ち、その隙を伺っていたが、とうとう奴を出し抜く方法は見つけられなかった」


「そんなところにメッツァトルが現れた、と」


「そうだ。この三百年七聖鍵を倒した者は誰一人としていなかった。いや、敵対すらしてくる奴が稀だ。だがお前たちはクラリスを倒し、ゾラを倒した」


 ふ、ふふ……まあね。メッツァトルをそんじょそこらの冒険者と一緒にしてもらっちゃ困るわよ。なかなかいいこと言うじゃないこの人。ロリコンのくせに。


「たのむ、ティアグラを止めてくれ。そのためなら協力は惜しまない」


「イチェマルク様……」


 ドラーガさんの言葉にはさんざん反発していたアルマーさん達も、七聖鍵の一人であるイチェマルクさんがティアグラさんと敵対するような言葉を吐いたことで、一気にこちらに傾いたように見える。


「私は……イチェマルク様の事を誤解していました……」


涙を瞳に浮かべながらそう言ったのはレタッサさん。私達を襲撃した冒険者の中で紅一点の女性だ。レタッサさんは涙ながらに語る。私も、命を懸けて、七聖鍵を裏切ってまで子供達を助けようというこのワンピースニンジャへ崇敬の念が芽生え始めていた。


「やたら年少組の女の子に声をかけてたり、小さな女の子がスカートでいると妙に低い姿勢で様子を窺ったり、そうかと思えば十六歳くらいを過ぎると途端に興味を無くしたような態度をとっていたので、ただのゲロカスロリコン野郎だと思って気味悪がっていました」


 やっぱ死ね、このロリペド野郎が。


「でも、本当に私達子供の事を考えていたのはティアグラ様ではなく、イチェマルク様だったのですね」


「なるほど、いい意味で子供好きってわけだな」


 悪い意味でも子供好きだよ。納得してるんじゃないよ、ドラーガさん。


「いいだろう、ここに同盟が誕生したわけだ。子供達を救うため、ティアグラを倒すための同盟がな」


 そう言ってドラーガさんは手のひらを下に向けて右手を差し出す。イチェマルクさんがその手に自分の手のひらを重ねた。私達も、アルマーさん達も手のひらを重ねていく。


 ……狭い。


 ドラーガさんにクオスさん、イリスウーフさんにイチェマルクさん、私、そして5人の冒険者。都合十人の人が輪になって手のひらを重ねてるので大渋滞だ。さらにその手の上にクラリスさんが乗る。


「お、面白そう。みんなで、孤児院とティアグラをひっくりかえしてやろう!」


「おう!」



 すっかり暗くなってしまった旧カルゴシアの町、イチェマルクさんと冒険者たちが去って行って私達だけが残された。


 なんだか、ものすごく話が進展した。まさか七聖鍵に裏切り者が出て、私達に協力してくれるとは。その上ティアグラの子飼いの冒険者たちの中にも獅子身中の虫を放つことができた。


「それにしてもチョロい奴らだぜ」


 なんだって?


「あいつら俺の口車に面白いように揺さぶられてたな。俺はあんな馬鹿に生まれなくてよかったぜ」


 何を言い出すのドラーガさん。


「さすがティアグラがふるいにかけて選りすぐっただけあって奴隷の中の奴隷だな。多分あいつらティアグラに騙されなくても放っときゃ自ら誰かの奴隷になる様なボンクラどもだぜ」


「ちょ、ちょっと、ドラーガ?」


 イリスウーフさんも唐突なドラーガさんの告白に動揺している。まさか、ドラーガさんがアルマーさん達に言った事って、全部嘘、ハッタリだったってこと?


「途中まではある程度根拠のある言葉だったがよ、『ティアグラを恨んでいる』ってのは完全にあてずっぽうのハッタリだぜ? それをあいつら、そこまでの流れで、俺に言われてなんとなくそんな気分になっちまったみてえだな。

 人を手のひらの上で転がすのってこれだからやめられねえんだよ」


 このドクズ野郎。


 そう言えば思い出したんだけど、「同一労働同一賃金」ってまずメッツァトルに当てはまってないじゃん。「同一労働」っていうならみんなが一生懸命戦ってるときに爪のささくればっかりいじってるドラーガさんが同一賃金なの納得いかないんですけど?


 さらに言うなら私だけ新人だからって賃金低いのも納得いかないんですけど!?

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