第103話 ドラーガ無双

「同一労働……同一賃金?」


 尋ねるアルマーさんの表情は困惑に歪み、しかし同時にドラーガさんに魅入っているように見えた。


「そうだ。同じ団体内に於いて同じ労働をしているなら、報酬も同じであるという考え方だ」


 一体どういうことだなんろう。誰も言葉を挟めない。イチェマルクさんも同じように黙りこくっている。彼でさえもドラーガさんが何を言い出すのか分からないのだ。


「おかしくねえか? 同じ仕事どころかこんな危険な汚れ仕事をさせられてるってのにお前らは無給で、七聖鍵は美味いところだけをかすめ取っていく。

 お前らはただ言われたことをやるだけ。いくらやってもスキルアップにならない上に命を落とす危険性も高い」


「む、無給ではない! ティアグラ様は私達の働きを理解して下さって、食うに困らないだけの報酬を下さっている!」


「ペッ、そんな雀の涙みてえな金、黒キリシアで大儲けしてる七聖鍵にとってはタダみてえなもんだ。お前らの差し出してるもんに見合う金額じゃねえよ」


 唾を吐いてアルマーさんの言葉を否定した。彼らが実際にいくらもらってるかなんて知らない筈なのによくそこまで断言できるな。


「いいか、お前らは命を差し出してるんだ。とても金で贖えるもんじゃねえ。命よりも大切なもんなんてこの世にねえんだからな」


 ええ? 前に「金は命よりも重い」とか言ってたくせに。いや、この人の言葉に整合性を求めちゃダメだ。


「というか、なんでアルマーさん達は非正規で冒険者なんかやってるんですか? 別に普通に冒険者登録すればいいんでは?」


 疑問を差し挟んだのはクオスさんだった。たしかに。尤もな言葉だ。ちゃんと冒険者として登録して組合に入れば、仕事に見合った給料がもらえるし、無茶な仕事はさせられない筈なのに……ん? 無茶な仕事?


「その方がティアグラにとって都合がいいからさ。正規の冒険者に他の冒険者を襲えだとか、命を犠牲にしろだなんて言えると思うか? そんなことしたらあっという間に懲罰どころか組合を追放されるぜ」


 そ、その通りだ。なんか全容が見えてきた気がする。“聖女”ティアグラ、なんて悪辣な奴なんだ。


「ま、待て! それは違うぞ。俺達が正規の冒険者にならないのはティアグラ様が『冒険者なんかになるな』って言ったからであって、それでも七聖鍵を手助けしたいから自ら……ん? あれ?」


 どうやらアルマーさんも自分の状況に疑問を持ち始めたようだ。しきりに首を傾げている。しかしそれでも反論しようと気勢を上げた。


「い、いや違う! 俺達は金なんかのために戦ってるんじゃない! 世界を良くしようとする七聖鍵の手助けになればと思って……これは、凄くやりがいのある仕事で、金なんかで測れるものじゃ……」


「やりがい搾取だな」


 え? なんて? また新しい単語が出てきたぞ。この人の引き出しは無限にあるな! ドラーガさんはさらに追い打ちをかけるべくアルマーさんを指さしながら訊ねる。


「『金では測れない』、『やりがいのある仕事』……それはお前が考えた言葉か? ティアグラが言ってた言葉じゃねえか? たとえば……そうだな、何故無償で子供達を助けるのかとか、利益に見合わない冒険者としての仕事をするのかと聞かれた時に、そう答えた、とかよ」


「ぐっ!?」


 言葉に詰まるアルマーさん。他のメンバーも胸や口を押え、脂汗を流し、はぁはぁと息を荒くして動揺している。


 「何故この男が会ったこともないティアグラの言動を正確に言い当てられるんだ」、今彼らが考えているのはそんなところだろう。


 確かにドラーガさんはティアグラと会った事も話したこともない。だけどここで、今まさにこの場で、ドラーガさんとティアグラの「詐欺師対決」が始まっているんだ。


「ティアグラは狡猾な奴だ。おそらくは直接的に非正規冒険者になれだとか、自分達の駒になれだとか、そんなことは言わねえ。むしろ反対の事を言うだろう。お前達を気遣うような……な。

 その一方で自分自身は身を犠牲にして社会奉仕するような姿勢を表面的に見せる。『背中で語る』って奴だ。いやらしいねぇ」


 だんだんと陽が落ちてきた。旧カルゴシアの町の夜は現市街地よりも早い。町のほとんどが巨大な樹木に囲まれてほぼ森になっているからだ。


 その静かな森の中、荒い息遣いが聞こえる。アルマーさん達は、精神的動揺から、さっき戦っていた時よりもはるかに呼吸が早くなっている。


「違う……違うんだ……」


 アルマーさんは涙を流している。年齢的には私よりも上のはずだけど、まるでそれは迷子になった幼い子供のようだった。


「得体の知れない不老不死の化け物にいいように使われて、誰にも看取られずくたばっていく……それならまだマシな方だ。ヘタすりゃヴァネンみたいに見も知らぬ誰かへの献上物に使われる……悔しくねえのか?」


「悔しくなんか……俺は、俺のし、信じる生き方を……」


 涙を流しながら反論しようとするアルマーさん。声が震えている。しかしドラーガさんは彼の言葉を遮る。


「いいや」


 ぶつかるんじゃないかというほどの至近距離で。真っ直ぐに彼の瞳を見つめて言葉を紡ぐ。


「悔しくないわけがない」


 ドラーガさんはアルマーさんの両肩をがっしりと掴んだ。


「よく見ろ! 俺とお前に何の違いがある! お前と七聖鍵の間に何の違いがある!!

 お前は生まれてきたんだ! この世界に!!

 やりたいことがあるだろう! なりたい自分があるだろう!! 思い出せ!! お前の望みはなんだ!!」


「俺は……」


 とうとうアルマーさんはその場に泣き崩れた。


「俺にとって、ティアグラ様は母親なんだ……」


「それで?」


 今度はゆっくりと、ドラーガさんはアルマーさんの話を聞く。


「母親の助けになって、認められたいってことが……そんなにいけない事かよ? あんな風になりたいって、思っちゃいけないのかよ!」


 ドラーガさんはアルマーさんの紙を掴んで顔を自分に向けさせた。その表情には怒りすら見える。ドラーガさんの怒った顔なんて初めて見た。


「自分に嘘をつくな。生きる理由を他人に求めるのは自分の責任から逃れてるだけだ。その方が楽だからな。本当にティアグラの事を母と思ってるんなら、『条件付き』じゃなく、『無条件』で認めてもらえるはずだってお前も気づいてるだろう」


「言うな……」


「お前自身気付いてるはずだ。自分が、ティアグラの事を……」


「言うな!!」


「恨んでるってことをな」


 酷いことを言ってるとは思う。「無条件で親に愛される」……そんな当然の事すら、孤児である彼らには叶わぬ夢だったんだ。でも、ティアグラの本性があらわになった今ならば、そんな子供っぽい感情を利用して自分の思うとおりに駒として動かして使い捨てにしてたティアグラに怒りを覚える。


「見返してやろうぜ」


 アルマーさんの髪を放して、ドラーガさんは笑顔を見せた。


「全てが自分の思い通りになると思ってる聖女ヅラした悪魔をよ」

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