第102話 非正規冒険者

「お前ら非正規だろう?」


「ぐっ、なぜそれを!?」


 アルマーの表情が驚愕に歪む。非正規ってなんだろう?


「正確には非正規雇用冒険者ぼうけんしゃ。要は組合に登録してねえ冒険者ぼっけもんってこった」


 んんんん? どゆこと? つまり組合の協定に守られてない冒険者の人達ってこと? でもよく分からないなあ。冒険者の登録なんてしようと思えばすぐできる。実際イリスウーフさんなんてほぼフリーパスで登録できたのにそれをしない理由ってなんなの?

 使う側には協定に縛られないってメリットがあるけど、使われる非正規雇用者側は何のメリットもないのでは?


「マッピ、お前はいまいち自分の優秀さが分かってねえみてえだな」


 え? 何急にゴマすり出しちゃって。今更いいとこ探しですか。


「引く手あまたの回復術師、しかも学もあって冷静な判断力もある。だがな、最下層の市民ってもんは何のスキルもない上に文字すら読めない穀潰し共よ。契約書も読めない、単純な足し算引き算もできないようなカス共が冒険者としてやっていけると思うか? そもそも貼り出されてる依頼書すら読めねえんだぜ?」


 う~ん、正直そういう人たちとあまりお付き合いになったことがないので想像がわかない。でも文字なんて勉強すればいいんでは?


「誰かに師事して文字を習えばいいと思うかもしれんが、入った金は全部酒代として日を跨ぐ前に消える。そんな向上心のない連中は単独で冒険者なんかできんから、冒険者登録せずにいいように使われてんのさ。何しろ冒険者登録しようにも自分の名前すら書けねえんだからな」


 冒険者っていうのは正直言って手に職のない人たちの最後の拠り所、セーフティーネットの役割もある。ところが実際にはそんな網からも零れ落ちてしまう人がいるってことか。

 私はアルマーさん達をちらりと見る。正直言って彼らがそこまで愚かな人たちには見えないけれど……


「だがこいつらは少し違う」


 どういう事だろう。


「こいつらは別に読み書きができないわけでも実力が足りないわけでもねえ。だがてめえの方から進んで奴隷になりやがった物好きさ」


 それがさっき言ってた「命を助けられて奴隷になった人」って事か。


「違う、お前は分かっていない。ティアグラ様は本当に他意無く好意で孤児を助けて下さっているのだ。親もおらず、路上で死んでいく子供たちに心を痛め、見も知らぬ子供達のために涙を流せる清き方なのだ!」


「へっ、そりゃ涙はタダだからな。それっぽい言葉を吐いて適当に演技すりゃ捨て駒が大量に手に入るんだから安いもんだぜ」


 アルマーさん達全員の表情が怒りに歪み、顔が紅潮する。これ、また襲い掛かってきたりしないだろうか。しかし同じ七聖鍵のイチェマルクさんの表情は変わらない。


 私もドラーガさんのこの発言は酷いと思う。両者の意見をニュートラルな視点で聞いていて、少なくともアルマーさんの言うことの方が理が通っていると思う。

 アルマーさんは何とか気持ちを落ち着けて言葉を続けた。


「それに! ティアグラ様は俺達に冒険者になることを勧めたりはしない。むしろ……」

「冒険者になんかなるな、って言われたか?」

「!?」


 アルマーさん達の表情が驚愕に歪み、そしてイチェマルクさんの眉がぴくりと動いた。


「図星か。そう言っときゃ中途半端な気持ちの奴は消えて、命を懸けてでも七聖鍵をサポートする優秀な奴隷だけが残るからな。俺がティアグラでも同じセリフを吐くと思うぜ」


 ドラーガさんの言葉にアルマーさん達は明らかに動揺している。しかし今まで女神のように崇めていたティアグラへの気持ちはそう簡単に変わることはないだろう。仲間内でぼそぼそと話をしたり、腕組みをして地面をじっと見つめたりしている。

 揺らいでいる状態だ。


「もちろん『卒業生』にもいろいろといるだろうな。一般人として社会に出て、それぞれの分野で危険が無い程度に七聖鍵をサポートする奴もいるだろうし、冒険者になっている奴もいる。だが、本当に危険な作戦を実行するときは冒険者登録してない奴に『助けてメール』がきたりするんじゃねえのか?」


 アルマーさん達の目が泳ぐ。おそらくこれも「図星」なんだろう。


「最近……冒険者登録してない奴が『四人』……死んだろう?」


 この言葉に全員がバッと顔を上げた。ドラーガさんは一体何の話をするつもりなんだろう。ただ、おそらくはこの『説得』の『詰め』の作業に入ったのだろうということだけは私にも分かる。


「その内三人はダンジョンで死んだ。近接戦闘を得意とする男が二人、魔導師の女が一人……」


 私にも分かった。これはこの間ダンジョンの出口で私達を襲った人たちの話だ。……でもちょっと待って、人数が合わない。私はそれをドラーガさんに尋ねてみた。


「ま、待ってください、ドラーガさん。ダンジョンで襲ってきたのは三人ですよね? 四人って……!?」


「話は最後まで聞け。

 ……正直に言うぜ、その三人は俺達との戦いに敗れ、殺された。遺体はムカフ島ダンジョンの出口に埋葬してある」


 アルマーさんも人数の違いが気になったようで言葉を遮った。


「アルグス達に殺されたのは四人のはずだ! 誤魔化しなど……」


「最後の一人は身長2メートルの大男、栗色の毛のがっしりした体格」


「ヴァネンだ……」


 誰が発したのかは分からないが小さな声が聞こえた。


「天文館に行ってみな。今そいつは『セゴー』という名でギルドマスターをやってるぜ」


「どういうことです!? イチェマルクさん! ヴァネンは、ヴァネンは生きて……ッ!!」


 にわかに瞳に希望の光が灯ったアルマーさん。しかしイチェマルクさんは目を伏せて首を横に振るだけだった。


「すまん……俺の口からは……」


「だ、だったら私から言う!」


 私のポーチの蓋を開けてクラリスさんが出てきた。


「お前……クラリスか? 何故そんな姿に……」


「そ、それは今どうでもいい。イチェマルク、あ、あなたがガスタルデッロを裏切れないのは分かる。だ、だから私が説明するわ」


 イチェマルクさんとアルマーさん達は人形の姿になっているクラリスさんに最初驚いていたが、しかしすぐに落ち着きを取り戻していった。おそらくイチェマルクさん達はもちろんアルマーさん達もクラリスさんの『人形使い』としての能力はある程度知ってるのだろう。


「わ、私達が『転生法』によって不老不死なのは知ってると思う。で、でもヴァネンは私達ではなく、ギルドマスターのセゴーを不老不死にするために、その体を差し出した……」


「で、でも、生きてるんでしょう? 天文館に行けば、ヴァネンに会えるんですよね!?」


 レタッサという少女が縋るようにクラリスさんに話しかける。もしかして彼女はヴァネンという人と深い関係だったのだろうか。


「体はヴァネンだけど、な、中身は別人……ざ、残念だけど、ヴァネンはもう死んで……この世にはいない」


 目を伏せて、申し訳なさそうにクラリスさんはそう呟いた。


 それにしてもドラーガさんはどこまでの情報を把握していたんだろうか。


 三人の冒険者の事はまだわかる。私達は襲われた当事者なんだから。しかし彼らが冒険者登録されてない「非正規」だということに気付き、さらにセゴーさんが転生法を実施したことからもう一人死んでいる人間がいるはずだということを見抜いた。


 さらに言うとティアグラがそのヴァネンの死の罪も私達にひっ被せようとしていたことまで当てをつけていたということになる。


 本当に、敵に回すと恐ろしい上に味方につけてもあんまり役に立たないけど、いざという時だけは頼りになる人だなあ。


 ドラーガさんはピン、と人差し指を立てて笑みを浮かべ、言葉を述べる。


「お前らに一つ新しい概念を教えてやろう」


 嫌な笑顔だ。私は彼の裏の胡散臭い人格を知っているからそう見えるけど、アルマーさん達はもはや吸い込まれるように彼の笑顔に魅入っている。騙されてるぞ。騙されてるぞ、詐欺師に。


「同一労働、同一賃金だ」

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