第101話 全裸忍者

「グッ!?」


 ドラーガさんのくぐもった声。彼の姿に重なる、ナイフを持ったアルマー。


 完全に油断していた。奴らにしてやられた。


 と思っていたけど、ドラーガさんの口から言葉が継がれた。


「あ、危ねぇ~……助かったぜ……」


「こっ、これは……ッ!!」


 それは異様な光景だった。しかし異様ではあるものの、見覚えのある光景。


 ドラーガさをに刺突したと思っていたナイフを持つ手が、別の腕によって止められていたのだ。但し、それを止めているのは腕のみ。空間に腕だけが現れて、ナイフを持った手を止めているのだ。辺りにはいつの間にやら霧が立ち込めている。


 前にも見ている。この能力は間違いない。


「い、イチェマルク!? どうして……」


 クラリスさんがそう叫ぶと、周辺にあった霧が浮いている腕の周りに集まり出し、一瞬の間に人間の形を作り出す。


「不穏な動きをしているとは思ったが……どうやら間に合ったな」


 そう、アルマーのナイフを止めたのは七聖鍵の一人、“霞の”イチェマルクだった。


 ……というか


「服を着ろ!!」


 ズンッ、と私の蹴り上げがイチェマルクの股間をシュートヒム。イチェマルクは股間を押さえながらその場に崩れ落ちた。


「二度とそのツラ見せるなつっただろうがこのロリコンが」


「い……言って……ない」


「き、貴様!! ティアグラ様を愚弄するだけでなくイチェマルク様を!!」


「ま……待て、アルマー」


 どうやらアルマー達は七聖鍵には頭が上がらないようで、彼の言葉に皆抵抗をやめておとなしくなった。息を整えてからイチェマルクはゆっくりと立ち上がる。


「だから服を着ろと、この全裸忍者!!」


 私が蹴りのテイクバックをすると慌ててアルマーが間に割って入った。


「ま、待て、落ち着け。全裸は忍者の正装なんだ!!」


 なに? どういうこと?


「いいか、これは忘れ去られて久しい概念ではあるが、忍者とは素早い動きを身上とするスピードスター。敵の攻撃は全て受けるのではなく躱す。それゆえ何もつけない身軽な状態、即ち全裸の状態が一番アーマークラスが低く(防御力が高い)、言い伝えではその防御力はシャーマン級だと言われている」


 シャーマン級って言われても祈祷師シャーマンが防御力高いイメージ全然ないんだけど。


「それともう一つ。イチェマルク様の霧になる能力は自分の身体のみに発揮されるので、霧化してしまうと衣服は全てその場に置き去りにされてしまうんだ」


 それをいいことに露出プレイを楽しんでるだけじゃないの?


「と、ともかく」


 私は横目でちらりと風にぶらぶら揺れているイチェマルクのイチェマルクを見てから目を逸らし、言葉を続ける。


「今は別に戦闘中じゃないんだから、服を着てください。そんな状態じゃ落ち着いて話もできません!」



――――――――――――――――



 確かに服を着ろとは言ったけども。


 確かに手元に適当な衣服がないのも分かるけども。


 だからってこれは無いんじゃないだろうか。


 今現在、イリスウーフさんはアジトを出る時に着ていた、というか身に着けていた、いつもの黒いドレスを着ている。


 そして、その代わりと言っては何だが、イチェマルクさんが例の水色のワンピースを着ている状態である。


 まあ確かにさ? 余分な服なんて誰も持ってないんだけどさ? 元々ゆったりとしたつくりのワンピースではあるが、しかし筋肉質なイチェマルクさんが着るとピチピチである。さらに身長も三十センチくらい違うのでミニスカートみたいな状態になっている。

 おまけにノーパンなのでたまにワンピースの生地越しにナニかがぶらぶらと揺れているのが分かる。目のやり場に困る。いや見なきゃいいんだけど、気になる。


「すまないイリスウーフ。ワンピースは洗って返す」


「いえ、もういいからそれは捨ててください」


 死んだ魚みたいな目で受け答えをするイリスウーフさん。


 にしてもイケメン長身の細マッチョが真面目な顔でワンピース着てるのはかなりシュールな光景だ。


 というかすっかり話が止まってしまった。何の話をしてたんだっけ?


「で、早い話がお前らはティアグラにいいように洗脳されてんだよ」

「ティアグラ様を……」

「てんどんしてんじゃねえよ! 話を聞け!!」


 アルマーさん達が落ち着きを取り戻すとドラーガさんは事の経緯をゆっくりと話し出した。


 元々彼は疑問に思っていたことがあったらしい。


 メッツァトルみたいに細々とほぼ個人で探索をしている人たちなら話は別だけど、大規模な活動で華々しい成果を上げている冒険者というのは主力のメンバー以外にもサポートメンバーや2軍、3軍のメンバーがいることが普通らしい。


 そう言えば闇の……疾風……幻影? なんだっけ、まあいいや、テューマさん達にも主力以外のメンバーが大勢いるって聞いたことがある。

 まあ、6人パーティーなのにそのうち二人が荷物持ちサポートメンバーっていう変則パーティーもいるけどね。


 ところが七聖鍵にはそういう2軍やサポートメンバーの噂が全く出てこない。クラリスさんの発言もあって怪しんだドラーガさんがティアグラという人物を中心にその辺を洗ってみると、出て来たらしい。


 「孤児院」と呼ばれる人材派遣機関が。


「孤児院?」


 クオスさんが訝しげな表情で尋ねる。


「そうだ。表向きはそのまんま普通の孤児院だがな。身寄りのない子供を集めて自分達に絶対の忠誠を誓う奴隷に育て上げる。それが“聖女”ティアグラがオクタストリウムに十数か所経営する『孤児院』の正体だ」


 ドラーガさんのこの言葉にアルマーは激しく反発する。


「奴隷だなどと! 俺達は命を助けてくれて、育ててくれたティアグラ様に心から忠誠を……」


「それが奴隷じゃなくてなんだっつーんだよ!」


 どうやら他人に忠誠を誓う人はドラーガさんから見ればその時点で「奴隷」らしい。


「昔読んだ古い本にこう書いてあった。『奴隷を手に入れたいのなら金であがなうか命の恩人となればよい』ってな。てめえらはその後者によって奴隷になったわけだ」


 しかしアルマー達は当然彼の言葉に納得していない。それまで命を捧げるほどに崇め敬っていた人間を急に悪人扱いされればそれも当然か。

 ドラーガさんはさらに言葉を続ける。


「この奴隷共の実態を調べてみれば、まあひでぇもんだ。出てくるわ出てくるわ。未知のダンジョン探索に捨て石にされる奴、鉄砲玉にされる奴、どいつもこいつもろくな死に方してねぇ。極めつけは……」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 私は思わず止めに入った。いくら何でもバイアスのかかった情報、荒唐無稽な内容じゃないかと思ったからだ。ドラーガさんの持っている情報がすべて正しいとは思えなかった。それには理由がある。


「そんなことができないように全冒連ギルドがあるんじゃないんですか!? もし本当に冒険者が使い捨てにされてるんだったらギルドなんて有名無実じゃないですか! いくら何でも現実味がないというか……」


 しかしドラーガさんは手のひらをこちらに向けて私の言葉を止めた。


「ところがあるんだなぁ、抜け道ってのがよう。世の中悪い奴はいるもんだぜぇ?」


 ドラーガさんはアルマーに顔を近づけ、まっすぐにその瞳を見つめ、いや覗き込むようにしてからゆっくりと口を開いた。



「お前ら、非正規だろう?」

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