第100話 襲撃者

 降り注ぐ矢の雨。しかしイリスウーフさんのブレス一吹きで消し炭となる。矢は彼女に届きすらしないのだ。


「近接武器に切り替えるぞ。イリスウーフさえ抑えれば何とでもなる」


 どうやらリーダー格らしい男が腰の剣を抜きながらそう言った。


 おそらくは七聖鍵の手の者かギルドの人間だろう。明らかに身のこなしも装備も市民の物じゃない。つまり、目的はイリスウーフさんの捕縛。最初に様子見で矢を放ったものの、おそらくそれでケリをつけるつもりは無かったように見える。


 イリスウーフさんは若者たちとドラーガさんの間に仁王立ちだ。モンスター襲撃の時と同じ、半竜化した姿で。


「あの……マッピさん、本気で行かないつもりですか……」


「行きたい……つもりはあるんだけどさ……」


 いや、正直私も頭では分かってる。仲間のピンチに駆け付けないなんて最低だって。


 分かってるんだけど……


 分かってるんだけどさあ……こう、何というか、私の中で心の整理がつかないというか、釈然としないというか。なんだろうなあ……イリスウーフさんは助けたいんだけど、あのゲロカス賢者は助けたくないというか。


 と、考えてるうちに。


 ふと気づくとすでに敵のうち二人がやられてた。


 え? 嘘でしょ? いくらなんでも強すぎない? イリスウーフさん。


 ドラーガさんは数に入らないから、5対1だったはずだよね?


 素人の5人ならはっきり言って敵にはならない。でも相手はおそらく冒険者ぼっけもん。素人と違って大抵の冒険者というものは多対一の戦いに慣れているものだ。素人なら攻めのタイミングが合わずに手の余る人間が出てしまうけど、冒険者にそんなミスはない。


 なぜならダンジョンで慣れているからだ。敵と戦う際の二つの鉄則。一つ、先手を取る。一つ、数的有利を保つ。数的有利を取った冒険者は手余りなど起こさない。それが5対1ともなれば相手は何もできずに一方的に打ち込まれるのが常。


 だというのに、すでに二人が昏倒しているのだ。イリスウーフさんは確かにスタンピードの時にデーモン二体をブレスで倒しているけど、あれはあくまで不意打ちの成果。そこまで戦闘能力の高い人じゃなかったと思うんだけど。


「ちょっと……無謀でしたね」


 イリスウーフさんが表情の読み取れない顔でそう言うと、若者たちの顔に焦りの色が濃くなった。


「私を相手にしたことが、じゃありません。『ここで戦うことが』無謀だったんです」


 いったいどういう事だろう? ここがイリスウーフさんのホームグランドだから、とか? いやまさかそれだけであんな圧倒的な強さにはならないと思うけど。


 中央にいたリーダー格の男が切りかかる。しかしイリスウーフさんは振り下ろしの斬撃を軽くいなして後ろに回り込み、脊椎に強力な一撃を叩き込んだ。ううん、何だろ。5人とも鍛えこまれた体をしているように外見からは見えるんだけど……なんというか、動きにキレがない。そんな気がする。


「この地にはまだ野風の呪いが色濃く残っています。普段のように、思う様に体が動かないでしょう。その倦怠感が呪いですよ」


 イリスウーフさんの言葉が終わる前に同時に残りの二人が切りかかったが、イリスウーフさんはそれぞれの剣を両手で受けて、そのまま握ってへし折った。それとほぼ時を同じくして二人の顔面に正拳を叩き込み、あっけなく戦闘は終了したのだった。私達の出る幕なんてなかった。



―――――――――――――――



「おい! いつまで隠れてんだマッピ! こいつらの怪我を治してやれ!」


 くそ、バレてたか。まあ、あれだけデカい声で話してたから仕方ないとは言える。ああ、しかし納得いかない。


 私が五人の怪我を治してあげていると、クオスさんがどこかの民家の納屋から持ってきたのか、古いロープを持ってきた。しかしそのロープで五人を縛り上げようとすると止められた。意外にも止めたのはドラーガさんだった。


「俺はこいつらを拷問する気も無ければ衛兵に突き出す気もない」


 え?  じゃあどうするつもりなんだろう? 誰の指示で襲ってきたのかとかも調べるつもりがないってこと? その上衛兵にも突き出す気がないって、まさかこのまま逃がすだけ? 何の交換条件もなく? そんなお人好しなことをドラーガさんがするなんて思えないけど……


「俺はこいつらを助けたいのさ」


 ええええ?  とてもドラーガさんの言葉とは思えないセリフだけど。


「ど、どういうつもりだ……」


 怪我を手当てされたリーダー格の男が困惑した顔でそう尋ねる。ホントにどういうつもりなんだろう。私も分からない。彼らは今、武器は取り上げられたものの、全く体を拘束されることなく無傷の状態でドラーガさんと相対している。


「いいか? お前らの目的だとか、雇い主だとか、そんな情報を俺は欲してはいねえ。そんなもんはお前に聞かなくても分かるからな。俺の目的はただ一つ……」


「目的……?」


「お前達と仲良くなりたいのさ」


 わる~い笑顔でドラーガさんはそう言う。もう何か嫌な予感しかしない。


「信じちゃだめですよ、どうせろくでもないこと考えてるに決まってますから」


「おいマッピてめえ、どっちの味方なんだ!?」


 ドラーガさんに凄まれる。どっちの味方、と言われても、私は正義の味方です。


「とりあえず話がしにくい。お前らの名前は? 別に偽名でもいいぜ」


 ううむ、やっぱりドラーガさんの余裕の態度が気になる。なんかこの襲撃にも追跡にも気づいていたみたいだし。

 ……いや、それだけじゃないぞ。よくよく考えたら最初から、「イリスウーフさんをデートに誘った」ってところからして怪しい気がする。もしかしてこの人達を炙り出すためにわざと二人きりで出かけて、人が絶対に来ない場所にまで来た? なんかたまにドラーガさんが本当に頭いいんじゃないのかって錯覚しちゃうときがあるな。


 5人の若者たちはアルマー、フィネガン、レタッサ、ヤーッコ、アイオイテと名乗った。レタッサだけが女性で後は全員男性。リーダー格の男がアルマーで、全員二十歳未満の若年に見える。


「こんな若い奴らを捨て駒にするなんてティアグラも酷ぇ奴だなあ。なあ、クラリス」


「ひあっ? あ、ああああ、うん、うん!」


 クラリスさんをはじめ、若者達も唐突に出されたその名前に驚きの顔色を隠すことができなかった。ティアグラ……確か、七聖鍵の一人“聖女”ティアグラとかいう人物。前にどこかで聞いたことが……


 そうだ、思い出した。前回のダンジョン探索時に出口付近で襲ってきた三人の若者。彼らの遺体を前にしてクラリスさんが漏らした名前、それがティアグラだったはず。この間の若い三人の冒険者、そして今回の五人の若い冒険者。共通点は分からないが、この人たちが七聖鍵の子飼いの冒険者で、その元締めが“聖女”ティアグラということ? ドラーガさんは一体どんな情報を握っているんだろう。


「貴様、ティアグラ様を愚弄する気かぁ!」


 油断していた。


 イリスウーフさんに完膚なきまでに打ちのめされて、その上で情けを掛けられて手当までされて、もはや抗う気力は無いと思い込んでいた。それはきっとドラーガさんも同じだったに違いない。だからこそ彼らを拘束することもなかった。

 その上でティアグラの事を悪く言ったのだろうが、彼らの忠誠心を甘く見ていた。


「キャッ!!」


 レタッサが私に急に抱きついてくる。もちろん親愛の情を示す仕草じゃない。それと同時にフィネガンとヤーッコの二人がイリスウーフさんを、アイオイテがクオスさんの動きを拘束するべく抱きついた。アルマーが隠し持っていたナイフを抜き、ドラーガさんに突撃する。


 事前に打ち合わせも、何のアイコンタクトも取っていなかったにもかかわらず完全に統率の取れた動きだった。

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