第99話 いいとこさがし
三十分ほどの時間が経った。
「いいとこ探し」が始まってから。
ドラーガさんは歩きながらも、時折何かを思い出したように顔を上げては、また顔を伏せる。町の中を通り抜ける風は秋の色を濃くし、随分と涼やかになっては来たが、ドラーガさんの顔には脂汗が浮かんでいる。
いやあるやろ?
おかしいやんけこんなん。
こんなスレンダー系超絶美少女と一緒に冒険しててやぞ? 一緒に野宿までしたっつーのにやぞ?
「いいとこ」が一つも出てこないってどういうことやねん。
「あ、あの……」
「あ?」
クオスさんがおずおずと話しかけてきた。なんやねん。
「ひっ……いやその、お、落ち着いた方が……」
「は? 落ち着いてますけど! 何を根拠に落ち着いてないと思ったんですか? 普通に冷静にしてるだけなのに、そんな取り乱してるみたいに言うのやめて貰えます? 私は全然そういうアレじゃないのに、なんかそういう感じのアレになるじゃないですか」
「す、すいません……」
すいませんちゃうやろ。クオスさんはええわな。「美人で実力もある」とか言ってもらえて。ちん〇んもデカいしな!
「あの……アレだ。この間のモンスターの襲撃の時の……」
おっ、何か出てきた!? いいところ、カモン!!
「いや、違うな……違う違う。あれは実質悪いところだ」
んだよぉあるだろ! いろいろと!! 小動物系で可愛いとか、千年に一度の美少女とか、健気だとか、おしとやかとかよぉ!!
「あの……オオアリクイって知ってる?」
知ってるけど、それが私の「いいところ」と何か関係が?
「北の方のステップにいる大型の哺乳類なんだけどさ、尻尾と頭の形や色が似てて、遠くから見るとどっちが前か分かんねえんだよ」
「そ、その動物がマッピさんのいいところと何か関係が?」
そう、そこだよ。イリスウーフさんナイス。でもまあこの際何でもいいから早く「いいところ」をプリーズ!
「あれはな、天敵から狙われた時にどっちが前か分からないように惑わせて逃げる時間を稼ぐ工夫なんだそうだ」
へぇ、勉強になる。それで? 私の「いいところ」は?
「あいつもどっちが背中でどっちが胸か分からないだろ? きっと、敵に襲われた時に味方の逃げる時間を稼ぐために、自らの身を犠牲にして……」
「クオスさん、弓矢貸してもらえますか?」
「だっ、ダメです! 何に使うつもり!?」
「いいから貸してください! あのアホ賢者を針供養みたいにしてやるんですよ!! 傷つきやすい乙女の心を踏みにじりやがって!!」
「落ち着いて! 傷つきやすい乙女は人を針供養みたいにしたりしないですよ!!」
「ふ、二人とも落ち着いて、ど、ドラーガ達に、ば、バレちゃうよ!」
クラリスさんの言葉で我に返った。くそっ、どうかしてた。ドラーガさんから評価されないだけでこんなに取り乱しちゃうなんて。あんな無能に評価されたって何の意味もない。意味なんかないけども。
「でも評価されたいのよ!!」
「だ、だから声が、お、大きい」
ううっ、くそっ、悔しい。確かに入って2週間そこらの新人に何の評価も無くても当然かもしれないけどさあ、私だって結構頑張ったのに! っていうかドラーガさんの危ないところを助けてあげたこともあったじゃん。
「この辺はもう旧カルゴシア市街地ですね」
「そうだな」
はっ、わちゃわちゃしてる間にいつの間にか完全に現カルゴシアを抜けて旧カルゴシア市街地についていたみたいだ。実を言うと私もここへ来るのは初めて。本当に人の気配も獣の気配もしない。小鳥の鳴き声すらしない静寂の空間。こりゃヘタに喋るとすぐ気づかれてしまう。
そこには、確かに町があった。石造りの、三百年前の建物がそのままに残っている。一部は屋根が自然に朽ちて崩れたりしているものの、戦争があったはずなのに争いの形跡も全く見られない。蔦と苔の絡まった建物と、草木がどこまでもどこまでも広がっている。木に囲まれて、空も見えない暗い森。まるでダンジョンの中みたい。
「静かですね……」
小さな声でイリスウーフさんがそう呟く。それでも遠く離れた位置で尾行している私達にもその声が響いてくる。
「これがお前の望んだ『争いのない世界』だ」
ドラーガさんがそう言うとイリスウーフさんは悲しそうな眼をして黙ってしまった。一体どういうこと何だろう。ドラーガさんは何を知っているんだろう。
「建物の中を見てみろ。市民たちの死体が椅子に座ったまま、そのまま残ってる」
ドラーガさんの言葉にイリスウーフさんはただ俯いているだけだった。私はその言葉が気になって近くの民家を覗いてみる。そこには三人分の死体、骸骨がダイニングのテーブルに着席して、そのまま居眠りでもしているかのように倒れていた。本当に、争いの形跡も何もなく、眠るように死んでいる感じだ。まさか、本当に魔剣野風に魂を吸い取られて死んだんだろうか。
「ドラーガは……この町に来たことが?」
イリスウーフさんが尋ねる。そうだ。まるで彼の口ぶりはこの町の状態を知っているようだった。一体何を知っているんだろう。
「ねえよ。だが何が起こったかはだいたい分かる。文献に残る記録と今までの状況を組み合わせればな。
……記録によれば、野風によってこの町が滅びる前、オオカミの遠吠えが聞こえたとある。そしてダンジョンに記録されていた文……このオクタストリウムでオオカミが恐れられている理由は、おそらくそれだろう。あやめ色のオオカミに、町一つが消し去られたんだからな」
正直言って私にはドラーガさんが何を言ってるのか全然分からない。
「……私は、間違っていたんでしょうか」
「かもな」
短く答えて、ドラーガさんは俯くイリスウーフさんの顔に両手を添えて自分の方に向かせた。
「間違えたかどうかなんてどうでもいい。人は間違うもんだ。だがな、本当に間違ったと思ってんなら、三百年経った今も同じ主張を貫くのはまずいんじゃねえのか?」
まるで心をえぐられるような、そんな苦しげな表情をイリスウーフさんは見せる。
「それでも、それでも私は、争いが良いことだとは思えないんです」
「それでいい」
相変わらずドラーガさんは真っ直ぐイリスウーフさんを見つめたまま話しかける。
「お前はそれでいい。信念を貫け。だがそれを他人に強要するようになったら、それは『暴君』っつうんだよ」
風切り音が聞こえる。
一瞬の事だった。その音に気付いた時、既にイリスウーフさんはドラーガさんを庇うように立ち、右手は二回りも大きく、うろこに覆われた硬質なものへと変化し、迫りくる矢を、蚊トンボを払うかのように撃ち落とした。
「ようやく来たか」
ドラーガさんが笑みを見せる。二人から距離を取る事百メートル余り。5人の男女が姿を見せる。全員が弓矢を装備している。クオスさんの言っていた「私たち以外の尾行してる」奴らだ。
クオスさんが矢筒に手を伸ばし、そしてクラリスさんが私のポーチに飛び込みながら声をかける。
「二人とも、ど、ドラーガ達を助けに行こう。ご、五対五なら難なく……」
しかし私はポーチの蓋を閉めてクラリスさんを中に押し入れて言葉を塞ぐ。
「マッピさん!? どうしたんです!?」
クオスさんの問いかけに、私はゆっくりと口を開く。
「まだ……」
遠くで始まった戦いを眺めながら。
「私の『いいとこ』、聞いてない」
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