第137話 聖女と賢者
「バ……ババアですってぇ~?」
「おいおい、そんなにブチ切れると眉間に皺ができるぜ?」
夜の帳が落ちた後。対峙する二人の詐欺師。
七聖鍵の“聖女”ティアグラと“賢者”ドラーガ・ノート。
ほとんどの警備兵はメッツァトルの他のメンバーを追うために出払っているため、6人ほどだけ残った者達がドラーガを取り囲んでいる。
「まあ皺の心配なんてもうしなくていいのか。どうやら『スペア』はもう用意してあるみてえだしな」
そう言ってドラーガはレタッサの方に視線をやる。彼女はドラーガから目を逸らし、ティアグラの表情を覗き込んだ。
それは、一つは罪悪感であった。旧カルゴシアの町で、ドラーガへの協力を約束していながら、結局元鞘に戻ってしまった事。そしてもう一つは、ティアグラへの「疑惑」……イチェマルクの言っていた通り、本当に自分の体を転生先として使うつもりなのか……
しかしティアグラはここでドラーガの指摘に醜く苦悶の顔を見せるような間抜けではない。
「あら、あなたもイチェマルクに何か吹き込まれたの?」
ここに来る前、レタッサとイチェマルクの間に何があったのかは分からない。しかし想像はつく。クオスの救出の手助けをさせようとしたか、若しくは転生の事を話してレタッサ自身を脱出させようとしたのだろうと。
先だっての言葉はドラーガに向けて放たれたが、しかしそれを本当に聞かせたいのはレタッサであり、周りの衛兵なのだ。「奴が何を言おうと、私を信じろ」という。
「あなたも災難ね。あんな変態の言葉に振り回されて。それともあなたがイチェマルクの事を惑わしているのかしら? まあ、いずれにしろ……」
ティアグラがすっ……と手をあげると衛兵が一斉に槍を構え、その穂先でドラーガを取り囲む。しかしそれでもドラーガは余裕の表情。
「おいおいなんだこいつは? 客人に失礼じゃねえか? それともキリシアじゃこうするのが歓迎の挨拶なのかよ」
そう言われて一瞬ティアグラは呆けてしまう。だがドラーガはそのまま言葉を続ける。
「言ってみろよ。俺にどんな非があって槍を向けるって言うんだ?」
確かに。確かに非はないのだ。イチェマルクは確かに不法侵入と公然猥褻の罪に問われても仕方ないのだが(さらに言うならメイドの服も脱がせているので強制猥褻にも問われる)、しかしメッツァトルとイチェマルクの侵入を結びつける物証は存在しないのだ。
「俺達は館の主の了解を取って中に入ったんだぜ? そりゃあ賊の侵入と結び付けて罪に問うのは勝手だがよ、それならちゃんと令状を持ってこい」
また「令状」である。悪役令状。
しかし実際私人であるティアグラには逮捕権が無いのだ。
「俺の身柄を拘束するってんなら『不当逮捕』で訴えるぜ?」
ドラーガを取り囲んでいる衛兵も、町の衛兵ではなくティアグラの私兵。現行犯であるイチェマルクに対しては私人でも逮捕権はあるが、そのイチェマルクとの関係性を指摘できないためドラーガを拘束することは出来ない。
「てぃ、ティアグラ様……」
衛兵の一人が不安そうな視線を送る。
「逮捕は出来なくとも、槍を収めてはだめよ。実際この男の仲間は逃げたじゃない」
「まあ、あいつはせっかちだからなぁ。急にお前に疑いの目を向けられて思わず逃げちまったみたいだがな。俺はまだ用事があんだよ。お前にな」
「まだ何かあるっていうの? 調べた通り、ここにはあなた達の仲間である、エルフのクオスさんは……」
「人間のクオスならどうだ?」
その言葉に、誰もが黙り、静寂の時が流れた。
「二週間ほど前からだ」
ゆっくりと、様子を窺うようにドラーガは話す。ティアグラだけではない。その場にいる全員に向かってだ。
「アルテグラの屋敷から、一人の少女が運ばれてきた。人間の少女だ。もしかしたら今は別の名前を名乗っているかもしれねえが、少なくとも最初はクオスと名乗っていた」
衛兵と共に数人の使用人もその場には居る。その内の一人が、ドラーガの話を聞きながらちらちらとティアグラの方に視線をやっている。
「伏し目がちで、声の小さい、覇気のない女だ。何か悩み事があるようで、常にびくびくと怯えているいるような様子だった。最初の内はろくに食事もとらないので出した食事は全部そのまま廃棄していた」
「女性」という事以外は外見の特徴の話はなく、全て内面から来る仕草などの話。先ほどの使用人はもう「ちらちら」ではなくずっとティアグラを見ている。
(バカが! こっちに視線を送るな!! バレたらどうするんだ!!)
心の中で毒づくティアグラ。しかしドラーガは止まらない。
「部屋は北側の母屋の一階の角の部屋だな。元々庭木に太陽が遮られて暗くなりがちな部屋だったが、最初の内はずっとカーテンも閉じて昼でも暗くしてた。
音に敏感なんで、部屋の付近ではあまりおしゃべりをしないように、なんてティアグラに注意されていた。部屋から出て人と話すことはほとんどない。おそらく使用人とも必要最低限の話しかしてないだろう」
先ほどの使用人はティアグラを凝視したまま、額に汗を浮かべている。「なぜそんなに、見てもいないことをピタリを言い当てられるのか」……ドラーガは、もし自分がティアグラならどうするか。どのような部屋ならマインドコントロールしやすいか。そんな事を考えながら屋敷の中を観察していた。
ドラーガは使用人の様子に気付いたようで満足そうに言葉を発した。
「どうやら心当たりがありそうだな」
「それがどうしたっていうの? 現実に、クオスはここには出てこず、あなたは槍に囲まれている。この絶望的な状況を覆せるのかしら?」
ティアグラのその言葉を合図にしたかのように、ドラーガを囲んでいる槍の輪が縮まる。
「あなたに何ができるっていうの」
「俺の事を甘く見たな」
それでもドラーガは怯まなかった。
「槍に囲まれて身動きもとれない狭いスペース……この状況で俺の取れる手段が何もないと思ったのか? どうやら俺様が何者なのか、忘れてるみてえだな」
ドラーガの眼光がギラリと光る。
「俺は……」
もはや構えをとることもできないほどに縮まった槍の穂先の包囲網。そう。この男は
「
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