第138話 判断が早い
全力で走り続けて、ようやくティアグラの屋敷の入り口が見えてきた。ついさっきまで私とアルグスさん達がいた場所。さっきと同じく、数は随分減ったが人だかりができたままだ。
そしてその中心には……ティアグラと対峙する……ん?
私は足を止め、息を整えながら目をこする。てっきり逃げ遅れたドラーガさんがティアグラの私兵につかまってるんじゃないかと思ってたんだけど……いや、状況はまさしくそれに近い状態なんだけれども。
私はもう一度目を凝らして屋敷の入り口を見る。
そこには、ドラーガさんが……
土下座していた。
何故斯様なことに。
も、もうちょっと近づいて声の聞こえるところまで行ってみよう。
「な……何のつもりなのドラーガ……」
そりゃそうよね。ティアグラも戸惑うよね。私も始めて見た時は度肝を抜かれたもん。
「お願いしますティアグラ様ぁ!!」
一応……まさかないとは思うけど衛兵に囲まれて助かりたいから寝返るってんじゃないよね?
「どうか一言、たった一言でいいんでクオスと話をさせてください!!」
ドラーガさんが、自分のためじゃなく仲間のために頭を下げている……不覚にもこれにはちょっと胸に来るものがあった。
「呆れたわ……あなたプライドってものが無いの? Sランクパーティーのメンバーともあろうものが、こんな簡単に頭を下げるなんて」
ドラーガさんはティアグラの言葉に頭を上げた。そして真っ直ぐ彼女の目を見て話しかける。
「俺にとっては……何物にも代えがたい、大切な仲間なんだ。その仲間のために頭を下げることが、そんなにおかしいことか?」
なんか……込み上げてくるものが。
いや涙とかじゃない。言い直すと、胃の内容物が込み上げてきそうな感覚。
「反吐が出そう」ってやつだ。
あの人はたとえ何があろうともあんな綺麗事を言う人じゃないし、むしろそういう綺麗事を何よりも嫌う人だ。仲間を大事に思ってる、というのは本当だろうけど。
「お願いだ、たった一目、あわせてくれるだけでいい。この通りだ!」
そう言って頭を下げて地面にこすりつける。
はは~ん、なるほどね。分かったぞ。この土下座はティアグラに向けてのアクションじゃない。
もちろん願いが聞き届けられれば言うことなしだけど、ティアグラがそんな甘い奴じゃないことはドラーガさんもよく分かってる。
この土下座は、レタッサさんはじめ周りの人に見せるためにやっているんだ。仲間のためにプライドをかなぐり捨てて懇願するSランクパーティーの賢者というものを見せることでティアグラの取り巻きを切り崩しにかかっている。
事実レタッサさんは戸惑いの表情を隠せていない。
「ふふ、Sランクパーティーの風上にも置けない腰抜けね。そんなだから仲間に逃げられるのよ」
ティアグラは分かってないな。周りの人は見てるよ。「もし自分が同じように危機に陥ったなら、この『聖女様』は同じように頭を下げて自分の事を助けてくれるだろうか」って。
「あなたみたいな半端者にはその姿がお似合いね」
そしてティアグラはすっと右足を差し出す。
「もしどうしてもお話を聞いて欲しいなら、私の靴をお舐めなさいな。それができるなら」
「よろこんでぇ!!」
こいつ……
ノーモーションで靴舐めよった……
プライドないのか。
「ひっ! やめっ、気持ちわるっ!!」
ティアグラはべろべろと靴を舐めまわされて慌てて後ずさりして逃げた。
これはぁ……アレちゃうかな? 逆効果ちゃうかな? やりすぎちゃうかな?
衛兵達もドン引きしてるし、私もしてる。
「舐めたから……クオスに」
マイペースだなドラーガさん。
「ざ、残念ね! クオスはもうここにはいないわ!
その瞬間。
目を疑った。
ドラーガさんが土下座の姿勢のまま、衛兵たちの足の間をゴキブリの様に這ったままカサカサと移動して彼らの輪の中から脱出したのだ。
「気持ちわるっ!!」
「逃げるぞマッピ、ここはもう用済みだ」
ひっ、喋った!
っていうか私がいることに気付いてたのか。
相変わらず異常に判断の早いドラーガさん。ティアグラと衛兵たちはあまりの唐突な展開と異様な動きに対応できずにぽかんとしている。確かに逃げるんなら今の内。私とドラーガさんは走り出した。
「クオスが確かにここにいて、そして現在はいないことが確認できた。アルグス達のいる場所は分かるんだろうな!」
「もちろん! でも、まだ同じ場所にいるかどうか……ただ、最終目的地はムカフ島です!」
逃げる私達を視線で追うティアグラの顔は、笑っているように見えた。
「ふふ、どこに向かうつもりかは知らないけれど、目的地にたどり着く前に仕留めてみせるわ」
――――――――――――――――
「うう~、わ、私がドラーガを助けに行かなきゃいけなかったのにぃ~」
「だ、大丈夫、ドラーガならきっとマッピが見つけてきてくれるから」
悔しがって涙を見せるイリスウーフをアンセが慰める。
「ち、違うんです、私、皆さんに助けてもらったのに全然恩返しできてなくって……」
二人のやり取りを見ながらアルグスは周囲を警戒する。周りには低めの塀とごみごみした街並み。スラムとまではいかないがあまりお上品な区画ではない。正直彼自身もあまり立ち入ったことのない場所だ。
「クオスの事もそうだし、困ったときは仲間なら助けあうものさ」
喋りながらも警戒は怠らない。
今はパーティーの哨戒を一手に引き受けていたクオスもいないのだから。
それにしても大分追っ手の数も収まってきた。
「このまま無事ムカフ島まで逃げ切れるのかしら……?」
アンセが不安そうにそう呟くが、しかし目的はムカフ島まで逃げ延びることではないのだ。アルグスはふと思いついて二人に相談するように小さな声で話しかける。
「なあ……僕達もティアグラの屋敷に引き返してみないか?」
「えっ!? 何を言い出すのよアルグス!!」
今そこから逃げてきたのにまた引き返す。その真意が読めなかった。しかしアルグスが言っているのはもちろんまた正面から訪ねて行くという事ではない。
「今ティアグラの第一の目的は僕達を探し出して捕縛、又は殺害することだ。そのために町に大勢の追っ手を放ってることだろう……付近の奴らはあらかた排除したが」
「まさか、屋敷は手薄になっている、とか……?」
イリスウーフがおずおずと尋ねる。アルグスはそれに黙ってこくりと頷いた。
「こっちが攻撃された側だからこういう言い方はおかしいけど、波状攻撃を仕掛けるんだ。僕達三人が力を合わせれば、きっとティアグラも倒せるはず。その隙に……」
その隙に……必ずクオスを探し出し、助ける。
その言葉を継ごうとした時であった。
やはり冒険者の性か、気を抜いているように見えても緊急性を感じさせる音には優先的に反応する。
高い位置から聞こえてきた風切り音に振り向き、即座に盾をかざし、矢を弾く。
「敵襲だ! 弓使いの!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます